「アフリカ出身 サコ学長、日本を語る」 著 ウスビ・サコ

「アフリカ出身 サコ学長、日本を語る」 著 ウスビ・サコ

以前からネットなどの記事で見かけ、コロナ禍における日本に対する意見を読んで一目置いている人でした。
アフリカ、マリ出身でありながら、京都精華大学の学長をやっている、日本社会おいてものすごく稀有な人ですね。

他人こそ自分のことをよく知っているという格言がありますが、これは国のこともあてはまります。
日本に住む外国出身の人だからこそ、日本社会におけるいい部分も悪い部分も日本人以上に見えている、この人の話を聞いているとそのことがよくわかりますね。

個人的にはこの人の日本に対して思っていること、特に教育について論じていることはほぼほぼまったくその通りだと思います。
日本は識字率が高く、初等中等教育においては世界でも有数の充実している国だと思われていますが、問題点はたくさんあります。
一番は、サコさんの言葉を借りれば、フレームの中に生徒を押し込めて、普遍的な日本人を作っているという点です。
一見、日本人だから日本人を作って何が悪いんだと思われますが、ようは個がなく、精神的に自立が出来ていない人間を大量に作り出していることです。
しかもその持ち前の同調圧力から、集団からはみ出るもの、なんかおかしいと個性的なことをやろうとする人に対して、攻撃的にすらなります。
その結果が自殺率の異常な高さです。この自殺率の高さは、残念ながら十代にも当てはまっているんですよね。

多様性を口だけで言うのではなく、実践する教育であり、社会であってほしいです。
問題は、中高年以上が調子のいい時の日本のやり方を惰性的に信じている、ていうかもうダメになっているのに気づいているにもかかわらず、気づいていないフリをしている点です。社会を変えることよりも、自分自身が逃げ切ることに目先が向かってしまっているんですよね。
社会が初老化しているんです、本当に。
それでいて、今どきの若者はなっちゃいないとか、少子化だから子どもをたくさん産めとか、訳の分からないことをいう。
問題は、それまで問題が存在していることを無視していた自分たちの方であるはずなのに。
よく会社で若者たちが分からない、心を開かないと投げている中高年がいますが、若者たちがわからないんじゃないんです、あなたたちが自分たちの古いやり方ばかりを正解だと思い込んで押しつけているから若者たちが心を開かないんです。そして、若者たちが希望を抱けない閉塞感たっぷりの社会になってしまっているんです。

本でもサコさんよって語られていますが、日本人は文句ばかり言うくせに自分の社会に対して責任がなさすぎます。
選挙に行かないくせに、もしくは何も考えずに党名だけで票を入れるくせに、政府に文句を言う。
コロナ禍においてもそうですが、誰かが何かをしてくれると勝手に思い込んで、自分では何も解決しようとしない。

わかりやすいフレーズや声の大きい人に流されるのではなく、まずは自分で色々な角度からの情報やモノの見方を学んで考えましょう。
本当にみんなが言っていること、正しいと思い込んでいることが正しいのかを疑ってみましょう。

変えようという意志がなければ何も変わらないんですよ、本当に。
確かに誰かのせいにするのは楽です。でも誰かのせいにし続けていれば、そのうちに自分の人生にも責任を持てなくなってしまうんです。

それにしてもこのサコ先生のような人は本当に貴重です。
マージナルな存在であり、物事の見方がフラットであるからこそモノの本質が見えるんですよね。
外国人労働者を入れるなと、ただの先入観だけで大騒ぎをする人がいますが、ほどんどの外国人は真面目で、日本の社会に役に立ってくれる人たちばかりです。
確かに問題行動を起こす人はいるかもしれませんが、それは日本人も変わりませんよ。

こういうサコ先生みたいな人こそをうまく活用し出来る世の中であってほしいです。