「人新世の「資本論」」 著 斎藤幸平

「人新世の「資本論」」
著 斎藤幸平

言いたいことはとてもわかる本でした。
確かに気候変動問題は待ったなしで、そのためにはドラスティックに資本主義を変えて行かなきゃいけないこともわかります。
理想という意味では、この人の考え方は正しいと思います。

ただあまりに話がラディカル過ぎて、本当にそれで皆が納得してすんなりといくのかっていうことを考えると、どうしてもそれをそのまま受け取れない自分が心のどこかにいることも事実です。言っていることは、確かに昔の左翼の主張とは一線を画してはいるものの、やっぱり全部読んでみると、左翼の檄文に触れた気になってしまうんですよね。何というか押し出しの強さに少し辟易してしまっている自分がいるんです。

著者は、資本主義を乗り越えるために、コモンに目をつけています。
コモンとは、イメージしやすく説明すれば、漁業組合とか農協とか、ようするに水平な関係の共同体です。自分たちの手でみんなで組織や社会を営んでいこうっていう考え方ですね。
資本主義に対抗する形として、コモンが語られるのは珍しいことではありません。結構、色んな社会学者や哲学者などが言っているんですよね。わたし個人としても、ポスト資本主義として、コモンを考えること自体はいいと思います。
ただ問題は、どうしすれば資本主義からコモン中心の社会に移行できるか、その方法論なんです。

著者はそれに対して、マルクスを持ち出します。そう、あのマルクス主義のマルクスです。そして、晩期のマルクスは生産力至上主義やヨーロッパ中心主義を捨てていて、脱成長コミュニズムという考え方に傾倒した。その脱成長コミュニズムこそ来たる気候変動の時代に対して最も有効であり、人間がとるべき道だと説いているのです。

マルクス主義の専門家ではないので、著者の言う通り晩年のマルクスが果たして本当にそのような思考の変遷を辿ったかどうかはわかりません。ただ仮にマルクスが実は脱成長コミュニズムに行き着き、かつてのマルクス主義が否定されたとしても、「よし、マルクスさんの主張が実はこうだったから、オレたちもそれを実践しよう!」という話には残念ながらならないと思うんですよね。

まあ、言わんがしていることはわかるんですけれど。

確かに1%の富裕層だけが富を独占しているのはおかしいですし、それに対して何らかの行動は絶対に必要だとは思いますしね。

現状の資本主義そのものがダメだという話もわかります。気候変動の問題が差し迫った話だというのもわかります。でもあまりにことを急ぎすぎてラディカルに強引にやれば、それはそれで必要以上に大きな反発を招いてしまって、かえって変化の機会を失わせてしまうと思うんです。

現状の資本主義をいきなり変えてしまえば、そもそも大量消費どころか日々生きるための必要不可欠なものまでもが不足するのは必至です。今の資本主義である程度上手くいっている人たちは死に物狂いで抵抗するだろうし、これまで以上に排他主義的な右翼ポピュリズムも台頭するでしょう。その結果今とは比べものにないくらいの社会分断が世界中で見られるようになってしまうと思います。

著者はコモンがあちこちで自立して勃興すれば資本主義からの脱却を乗り越えられるはずと言っていますが、それはあくまでコモンを理想化し過ぎていると思うんですよね。

個人的にはコモンを一つの人間組織の理想として考えるのは賛成です。でも、現状さあ、みんなで考えてみんなで運営しましょう!と言ったところで、うまくいかないことだらけであると思うんです。確かに寛容で、聡明なリーダーが何人もいるところはうまくいくかもしれません。けれども大抵の場所ではただ声だけが大きい人がリーダーとなって腐敗すると思いますし、そもそもコミュニズム最大の問題点として、能力差に対する納得感がコモンの中では得られない。普通に考えれば、やればやるほど割りを食う人たちの不平不満が溜まる可能性が高いですし、またそれまでの因習をそのまま引きずるコモンもたくさん出てくると思います。

そうなってくると、結局気候変動に立ち向かう以前に人間同士の衝突が頻発し、それどころじゃなくなる、つまりは今よりも状態が悪化すると思うんです。

うーん、完全に否定はしたくはないけど、すごく難しいです。個人的にはとにかくソフトランディングが出来るような道筋を作っていくしかないのかなって思ってます。

そんなんじゃ間に合わない!いまも環境破壊が続いているし、グローバルサウスには苦しんでいる人もたくさんいる!

わかります。でも出来る限り多くの人を説得し続け、社会の合意を得られなければ、それがどんなに「正しい」ことであっても、強引にことを進めてはいけないんです。

強引にことを急いでしまえば、必ずより激しい巻き返しにあって状況は悪くなる一方になるわけですし、そこで待っているのは間違いなくカオスです。

価値観そのものを変えなきゃいけないのはわかっているんですけどね。

でも正直、現代人は資本主義にどっぷりと浸かり過ぎていて思考がなかなか追いついていない。それどころか、リベラルであった人も自分の生活が変わってしまうという話になれば、あっという間に保守に転ずるのは目に見えているでしょう。

理想や理念を語るのはいいです。でも今必要なのは、今すぐにでも受け入れられるより具体的なロードマップを作ることで、世代が進むにつれてそのハードルを上げていく。そういったやり方でしか人間の価値観はそうは簡単に変わらないと思います。

SDGsとかは著者が言うように無駄なものではなく、価値観が変わるためのロードマップの手始めなんですよね。ハッキリ言って現状先進国でもそもそも気候変動の問題や人権の問題に気づいてすらいない人がほとんどなのです。なので、まずは知ってもらうことから始めなきゃいけないんです。色々とウォシュが増えているのは確かですが、そういったことも含めてまずは議論するための土台作りからしなきゃいけないんですよね。

考えれば考えるほど、絶望的な状況だということが思い知らされます。でも何かの権威のもとに力づくで物事を進めるよりも、人類は話し合って納得してじゃないと、とりあえずちゃんと前にすら向かって進んでいけないんですよね。