「ブラッドライン」 著 黒澤 伊織

「ブラッドライン」 著 黒澤 伊織

まず様々な国を横断するような形で(戦争を行っている2国は架空の国ですが)、世界の矛盾を浮かび上がらせようという試みが面白かったです。
自分のアイデンティティに近いものを書くのとは異なり、これだけ広い視点でもって話を語るというのはかなり難しいと思いますが、そこを恐れずに敢えて語っていく作者の作家としての姿勢というか、熱意に敬意を評したいですね。
こうしたチャレンジングな社会派作品はもっと増えていくべきだと思うので、ぜひ書き続けてほしいなと思いました。

話の内容としては、まず話の構成の仕方が抜群に面白い。Mという世界的な歌手の死を中心に、世界中の人の多様な視点をもって話が組み合わされていくのですが、それが最後に重なっていくところはカタルシスを覚えました。
若干もう一歩リアリティを追求して書き込んでくれた方がいいかなと思う場面もありましたが、おそらく部分的なリアリティにフォーカスして遅滞するよりも、話の流れを止めずに一気に読者に読み込んでほしいという意図が作者にはあったのかなと思います。

ラストの終わらせ方については、賛否両論があると思いますが、少なくとも読んだ人にテーマを考えさせるという点では成功していると思いますので、やはり優れた小説なんだなと思います。

ちなみに文庫版についている短編「黒い手のイグネイシア」もとてもよかったです。
日本では社会派の小説を書く人自体が少ない、特にその視点が海外に向けられている人はホントに少ないと思うので、この作者は本当に貴重な書き手ですね。
書きたいテーマが、ストライクに入ってくる作品ですが、ぜひこのスタイルを商業主義に負けずに貫いてほしいです。