「1972年からの来訪」 著 黒川甚平

「1972年からの来訪」 
著 黒川甚平

不思議な感覚のする話でした。
あさま山荘事件から二十数年後の話なんですが、その頃の学生運動をやっていた人たちが久方ぶりに集まり、そこで過去の記憶を蘇がえさせいくというストーリーです。
失踪事件を交えて、ミステリーとオカルトっぽい雰囲気が混じるような形で進んでいくのですが、そこに学生運動当時のリアリティのある話が差し込まれていくので、読んでいる人間をいい意味でドンドンと不安にさせていきます。
後半からはこの不安感を持って、一気に読み進めていけるんですよね。

面白いなと思ったのは、学生運動の話って、それなりに小説や映画になっているんですけれども、世代によって受け止め方が全然違うんですよね。当り前の話なんですけれども。

おそらく学生運動を実際にやっていた世代の人からすれば、無茶苦茶感情移入が出来る話で、感情移入が出来過ぎてしまうがゆえに、こうした話に触れることを敬遠するする人もいるでしょうし、触れたところで、物語の筋立て以上に感情を揺さぶられるんじゃないかと思います。

それ以外の、特に若い世代にとっては、現実世界の話というよりも、歴史の一端を見ているという感じで、ピンとこない部分もあると思うんでしょうけれど、その自分たちとの世代との感覚の違いをいい意味で楽しめるかもしれません。

ちなみにわたしはというと、父親がこの学生運動の世代で、しかもたまたまなんですが、この小説で山岳ベースで内ゲバで殺された岩田という登場人物がいますが、父の高校時代のクラスメイトもこの山岳ベースで岩田と同じように殺されているんですよね。
岩田のモデルになった人物と同じ人なのかどうかわかりませんが、父の話によると、あまり仲が良かったわけではないが、あんな感じで闘争運動に没入していくタイプには見えなかったので、驚いたとのこと。
個人的には、父からその話を何度か聞いたことがあったゆえに、それを舞台にした話ということで、興味深く読むことが出来ました。

あさま山荘とかの話って、当事者たちにスポットを浴びせた話はよくありますけれど、その周辺にいた、いわゆる普通の学生たちの、学生運動から一般社会に戻った人たちの話ってあまりなく、そうした人たちの悔恨というか後ろめたさみたいなものが語られているものってあまりないですよね。

そうした資料的価値という意味からしても、これはなかなか貴重な小説ですね。