「ザリガニの鳴くところ」
著 ディーリア・オーエンズ
本屋大賞の翻訳部門で1位になった作品ですが、滅茶苦茶面白かったです。間違いなくここ数年で一番面白かった本ですね。自信を持って人にも薦められる本です。
帯で散々絶賛されているように、確かにこの作品はすごいです。
何がすごいかというと、ミステリーを基調としたエンターテイメント作品とも、差別をテーマにした社会派作品とも、とれるのですが、どちらとして考えたとしても一流の作品に間違いないんですよね。
作品を読んでいて、まず目につくのは、湿地を舞台にしているので、そこに住む人間だけでなく、その生態系そのもの自然について非常に克明に描かれており、それだけで策ℋ社の見識の深さが伺われます。
さすがにもともと動物行動学のエキスパートだけあって、このあたりの描写は見事ですね。
そして、湿地の少女「カイア」を中心とした、湿地やその近辺に生きる人々のそれぞれの描写も見事です。
差別という事実をありのままに見据えて描いているからこそ、その状況がヒシヒシと伝わって来て、いつの間にかカイアに感情移入をせざるを得なくなっていくんですよね。
さらに何げにすごいのは、それだけしっかりと情景や人物を描いているだけでなく、本を読ませるということに関しても、この小説は手を抜いていないどころか、一流のエンタメ作品にも負けないくらいに、引きの強さを持っているという点。
村で目立った青年だったチェイス・アンドルーズが死体で見つかったことから物語が始まり、誰が彼を殺したのかという一点だけで、この小説は引っ張られるわけなんですけれども、そのミスリーディングのさせ方が非常に巧みで上手い。
ここからはネタバレになってしまうので、どうかこの本を読んだ人だけが読み進めてほしいのですけれど、
チェイス殺しの容疑で捕まったカイアに対し、本の中では他に真犯人であるかもしれない人物を代わるがわるに出していきます。
カイアの初恋の相手であるテイト、カイアを父親のように見守ってきたジャンピン、そして幼い頃に生き別れたカイアの兄のジョディ。
誰もがチェイスを殺した人間かもしれないとほのめかしながら、どうかカイアに無罪になってくれと読み進め、次第に読むのが止まらなくなっていくんですよね。
そして、最後の最後で明かされる衝撃の事実。
ラストの真犯人が誰であったのかという事実に関しては、もしかして賛否両論があるかもしれません。
確かにこの本を差別をテーマにした社会派の本であるととらえると、このラストでは決まりが悪いです。
でも、著者が動物行動学のエキスパートであることを考え、物語の中で何度も語られてきた自然の厳しさの中で本能的に生き抜いている動物たちのこと、そして人間でさえも、そうした現実に身を置いたときにはそうならざるを得ないのだという事実を考えれば、腑に落ちていきます。
生き抜くためには、何でもしなければいけないのだと。
それでも人を殺して、法を犯したならば、それは同然その報いも受けなければいけない。
社会をつくり、社会に生きるわたしたちは当然そう考えます。
でも、それだからといって、チェイスを殺した犯人に罰を与えるという話になれば、この本を読み切った人は不条理さを感じるはずです。
そして、わたしたちが不条理さを感じるその心。それを問うことこそが作品の根底にあるテーマなんですよね。
つまり、この本は、結果的に未だに差別や貧困がはびこるこの社会が未成熟であるのだということを強く語っているのです。
いやあ、久々にいい本を読みました。
しかしこれで、著者初の小説ですか。
他の分野でしっかりとした知見があるからこそ書ける小説ですね。
著者はすでに70を超えているそうですが、ぜひとも2作目、3作目と「カイア」のように本を出し続けてほしいですね。