「三体III 死神永生」
著 劉慈欣
ただただ圧倒されました。
すごいとしかいいようがないです。
この手のハードSFの完結篇は大抵、形而上的な話になりすぎてよくわからなくなることも多いのですが、この作品はそんなことはなく読み始めると最後まで飽きることもなく一気に読めました。
これはひとえに作者の想像力の大きさに尽きると思います。
途中、話を落ち着かせて、じっくりと丁寧に書き込んでいくことでまとめていってもよさそうなポイントがいくつもありましたが、作者は立ち止まることなく、次から次へとあっと驚くようなアイデアをもって話を展開させ続けています。
これは、作者の知識ややる気だけでどうにかなる内容ではなく、まさに作者が神に代わって宇宙の摂理を語っているような感じで、ここまで作品を昇華させるには気の遠くなるほどの思考が必要だったと思います。
確かに話が壮大すぎて細かいところでもっと知りたいなと思った場面はいくつかあります。
ネタバレを含むのでここから先は読んだ人だけに読んで欲しいのですが、いくつか例を挙げてみますと、
1.暗黒森林の摂理を知っている三体世界がなぜ地球を滅ぼさずに征服する道を選んだのか(三体世界が生存に適さなくなってきたと説明がありますが、地球しか生存に適する惑星が見つけられないならいざ知らず、すでにほかの知的生命体と接触している三体世界ならわざわざ危険を犯して地球を征服するよりも、まだ知的生命体のいない星を探し方が確実ではないか?実際、第一三体艦隊はのちにそうした星に植民をしているし……。地球でなければいけない合理的な説明がもっと欲しかった)
2.三体文明は、なぜ雲天明を通じて安全通知としての暗黒領域の作り方や光速船の作り方を地球文明に教えることを拒んだのか。(地球文明と決別したのなら、そこまでして拒む理由が見つからず、むしろその情報を提供することを条件に共存する道を志向する声が三体文明の中から出てくる方が自然であるような気がした。実際に小宇宙については、雲天明はあっさりと提供しているし……。そもそも欺くことが出来ないとされている三体文明がいくら地球字を話から学んだとはいえ、隠し事や嘘を武器にしていることにもう少し説明があってもいいような気がした)
3.新世界を作り上げた万有引力と藍色空間の乗組員たちがどうやって暗黒領域や光速船の話などの情報を知り得たのか?(地球人よりも時間はかかったとあるが、地球人が雲天明のお伽話をヒントに出来たのに対し、新世界人たちは独力でそれをしなければならない状況にあった。三体人以外の異星人から情報を得なければ、やはりそこを知るのは難しいわけで、ここについてはもう少し説明があっでもよかった)
4.雲天明は、なぜ小宇宙を使って、ブループラネットから脱出しなかったのか?(程心たちがラストで小宇宙のドアを使って大宇宙の別の場所に行ったことを考えると、ブループラネットに閉じ込められた雲天明たちも逃げることは出来たような……。AAが実生活を重んじるからと程心の説明がありましたが、雲天明とAAが小宇宙があったにも関わらずそれを使わなかった理由が断片でもいいのでもう少し知りたかったかな……)
と色々と一読した限りでの疑問点を箇条書きにしてしまいましたが、疑問点を書きながらも、これだけ壮大なストーリーにあって細かいところでの説明不足など些末な問題だと思っている自分がいます。
確かに前作と比べて本作は、主人公のナラティブを中心に語るという形をとっていないので、人間的な感情のカタルシスを求める人にとっては物足りなさが残るかもしれません。
実際、本作の主人公である程心の役割は、狂言回し的な要素が強く、なかなか彼女の心情に乗り切って本作を読み進めることはなかなか難しいです。
でも、本作のテーマはそもそも人間の何たるかを語るのではなく、明らかに、もっと大きな、想像することすら難しいものを描こうとしているわけであって、大事なのは人の尺度の中で何が描かれているかではなく、人智を超えた世界がいかなるものであるかを想像することなんですよね。
だから、大きすぎる物語の欠落部分に注視するのではなく、その不足分を補ってあまりある作者の創造性を体験することにこそ意味がある作品なんだと思います。
これまでも、壮大なスケールのSF小説はたくさん読んできましたが、スケール感という意味では、ピカイチな作品ですね。間違いなく。
これはシリーズ全体に言えますが、西洋人じゃない人が描いている分、西洋的な価値観に囚われていないことで、西洋人が書くSFよりもより多様性に富んだ広がりを持つ作品に仕上がっているような気がしました。
個人的には、ロバート・チャールズ・ウィルソンの「時間封鎖」と並んで映像化してもらいたいぜひ作品ですね。
ネットフリックスがやるみたいなので、今から楽しみでしょうがないです。