「時間封鎖」
著 ロバート・チャールズ・ウィルソン
わたしがSF小説のコアなファンになったキッカケを作った作品ですね。
この本を読んでその世界観に惹かれ、もっとこうした体験をしたいと思ったのでした。
SF小説として、わたしがこの本が優れていると思うのは、スピン膜に覆われることで星が見えなくなり、地球とその外との時間の経過が変わってくる、つまり地球上での数日が地球外では数万年経つという時間封鎖というアイデアの奇抜さであり、そしてそれだけ奇抜なアイデアの中にある作品でありながら、作品そのものが非常にリアリティのある世界観で描かれているという点です。
特に秀逸に思うのは、スピン膜という大仕掛けが一体何であるのかというミステリーで物語全体を引っ張っていく一方で、その視点が主人公であるタイラーとその幼馴染であるジェイスン、ダイアン兄妹の三人の関係の中で、丁寧に、そして身近なものとして描かれているというスタイルです。
その中でも面白いの思うのは、主人公にタイラーを選んでいる点です。
通常、これだけ大仕掛けのアイデアが軸に据えられた物語であるならば、主人公として選ばれるのはジェイスンであるはずです。
スピン膜と仮定体の謎を追う天才という位置づけは、その立ち位置だけで読んでいる方からすれば分かりやすく、すんなりと物語に入って行けるでしょう。
でも、この小説ではあえてジェイスンを主人公に選ばず、より普通な人であるタイラーを狂言回しにすることによって話が進みます。
これによる利点は、読み進めていくとすぐにわかります。
タイラーの視点で、ジェイスンとダイアンを語り、さらに世の中全体の動きを見ることで、スピン膜に覆われた人間社会そのものの変質をわたしたちは生々しい形で知ることが出来るのです。
どんどんとスピン膜と仮定体の謎を知ることに熱中していくジェイスンに対し、スピン膜を恐れて宗教にすがりはじめるダイアン。
そんな二人との関係に感情を揺さぶられながらも、医者として目の前の仕事に必死に従事することで、現実からの距離を置こうとするタイラー。
ある意味で、最も客観的に現状を見つめるタイラーの視点で本を読み進めるからこそ、読者はスピン膜に覆われた人類の姿を手に取るように理解することが出来ます。
そして、どんどんと前に読み進めていくうちに読者は気づくのです。
この小説は、スピン膜が地球を覆ったことに焦点が置かれている作品ではなく、スピン膜が地球を覆ってしまったことによって、地球に生きる人々が皆、膜を張ってしまった作品、つまりはスピン膜によって心までもが膜で覆われてしまった人間たちを描いた作品であることに。
スピン膜とは何なのか、仮定体とは何なのか。
最大の謎は、この小説においては結局最後まで断片的にしかわからず、続編に持ち越されます。
読者のほとんどはそれでもそこに対してはそれほど不満には思わないでしょう。
なぜならこの小説を読めば、主題はそこではないということが明らかにわかるからです。
主人公を狂言回しをすることによって、絶妙にテーマを浮き彫りにさせている構成力はすごいですね。
大仕掛けの設定の中で、主人公たちの人間関係をフィルターにして、その大仕掛けの正体を突き止めていくという形がうまくハマっていて、奇抜なアイデアであるはずの大仕掛けがものすごく骨太に見えてきます。
時間のズレをうまく利用して、火星に人類を植民させるというアイデアにもアッと驚かせられました。
世界観そのものにどっぷりと浸ることが出来る、SFらしいSFですね。
わたしの中で、何度でも読みたくなる作品の一つです。