「消滅世界」
著 村田沙耶香
「コンビニ人間」で芥川賞を獲った村田沙耶香さんの作品ですね。
正直、評価するのがとても難しい独特な作品だと思いました。
まず一言でいえば、ジャンルが分からない。
一見、SFのように見えるのですけれど、書いてある内容や文体は純文学のそれであって、読み手を良くも悪くも戸惑わせます。
まあ、こうした境界線のなさが著者の個性であるといえば、その通りで、そういう意味では、この著者にしか書けない作品なのかなと思いました。
テーマとしては、家族とは何なのか、性とは何なのかという疑問をこれでもかというほど、作者なりの手法で追及していきます。
「コンビニ人間」のときにも思ったのですが、この著者の「性」に関する感じ方というのはとても独特で、そもそも既存の感覚をそのまま受け入れていないどころか、とても疑問に思っているところから入ってくる。
「コンビニ人間」では発達障害的な感覚で世の中というものの常識を疑っていましたが、本作でもやはり、あくまで主人公の感覚でもって家族や性というものの正しさを疑い、その感情に最後まで付き合うが故に狂気を引き起こしていきます。
純文学という枠組みの中でならこうしたいわば社会の常識への懐疑というのは、珍しいことではありませんが、村田さんはそこに独自の世界への広がりを見せていくんですよね。
この広がり方そのものが村田さんらしさであり、著者から見える社会の歪さの曝露でもあると思うのですが、ただその広がりをボーダーレスに行うが故に、結果的に読み手にとって齟齬を与えてしまっている点は少し残念に思いました。
冒頭にこの作品がSFなのか純文学なのかジャンルが判然としないと書きました。ジャンルが判然しないこと自体はいいのですが、ただその境界線のなさを自分の感覚だけに頼ってしまっている分、見ようによっては結果的にそれは稚拙に映ってしまう場合もあるんですよね。
つまりこの作品を純文学からSFの方向に広がっていった作品という位置づけで読めば、突飛な設定もテーマの面白さと深さによって受け入れていけるのですが、逆にSFをベースに考えてしまうと、最初の設定の甘さがどうしで気になってしまい、なかなか感情移入がしにくいという結果を招いてしまう可能性が十分にあり得るんですよね。
具体的に言えば、この作品の肝は、戦争の結果、人工受精の技術が飛躍的に上がり、人間がセックスを忘れていくに至るという設定だと思いますが、この作品をSFとして読んだ場合、設定があまりに甘すぎるように感じてしまいます。
普通に考えて、人工受精の技術が伸びたところで、それだけでセックスをしなくなるという話はさすがにちょっと説得力に欠けますし、そもそもそれでは「出産」という一面でしか理由づけがされてないんですよね。
話が進むにつれて、セックスという行為の意味を深掘りしていくのなら、やはり初期設定においても、人工受精技術のブレークスルー以外に、なぜセックスまでをもしなくなったのか、人間の色欲を抑え込んだものは何なのかという点については、リアリティのある理由付けは必要なんじゃないかなと思いました。
テーマ的な面白さやそれに伴ういい意味での作者の狂気性があるだけに、そうした部分での背景の詰め方がもう一歩あると、もっと色々な見方が広がりそうな話であっただけに、そこら結構残念でしたね。
まあ、これはSFではないので、そういうゴチャゴチャとした細かい設定なんていらないと言われてしまえばそれまでなのですが、細やかな心情表現が出来る作家であるので、SFという枠組みを今後も利用していくというのなら、そういう部分での細やかさにも気を配っていただけたらと思います。
何度も言いますが、ジャンルを飛び越えていくこと自体はいいんですけれどね、先駆者である分、その飛び越え方をね、バッチリと見せてもらえたら、この作者だけでなく、日本の小説界そのものの幅が広がるわけですからね。