「消失の惑星」
著 ジュリア・フィリップス
これは傑作でした。
社会テーマ性や文学性が高いだけじゃなく、いわゆる読ませる本でしたからね、ほとんど非の打ちどころがない作品です。
まずこの作品について触れなければいけないのは、舞台がロシアのカムチャッカ半島というところ。
名前は聞いたことがあるけれど、どういうところなのか全く想像がつかない場所ですよね、一般的に。
個人的にも、昔国語の教科書に谷川俊太郎さんの詩が載っていて、その書き出しが「カムチャッカ半島の若者が……」と始まることくらいでしか、その名前を聞いたことがありません。
もちろん、意外に日本に近いということから、場所そのものはどこにあるのかが分かっていたんですけれどもね……。
物語はそのカムチャッカ半島で、二人の幼いロシア人の女の子がさらわれるところから始まります。
出だしからして、読み手としてはこの二人の女の子をいかに探すのかという話を期待してしまいがちですが、話の様相はまるで異なっていきます。
つまり、ここからこの二人の女の子とは、まるで関わりのない人物ばかりの短編が続いていくのです。
もちろん話の端々にさらわれた二人の女の子の話題が話されることはあるのですが、基本時にそのときどきの主人公の女性たちの話です。
そして様々な出自、世代の彼女たちのバックグラウンドを含めた人生の話を読んでいるうちにカムチャッカ半島という特異な場所の空気感のようなものが浮かび上がって行くんですよね。
元々いた先住民たちと後からやってきたロシア人との関係。ソ連邦崩壊後のイデオロギーの消失と混乱。人種差別と移民排斥問題。閉ざされた土地であるがゆえの閉塞感。そして家父長制に基づく女性の生きづらさ。
いなくなった二人の女の子の話は、そのうちにカムチャッカ半島の女性のみに起こりうる象徴的な出来事のように語られていき、彼女たちが二人の女の子の話をするたびに、それはまるで自分はまだマシなんだと自らに言い聞かせているようにさえも聞こえるようになっていきます。
アメリカ人でありながらも、カムチャッカ半島という、多くの人がよく知らない場所の特異性を発見し、それをこうした広い視野を持って浮かび上がらせることに成功した作者の力量には感嘆するしかないです。
そして、それだけでも素晴らしい作品だというのに、この作品のすごいところは、最後の最後で、二人の女の子の話についても、しっかりと決着をつけたところです。
正直これにはかなり驚かされました。それまで何の関係のない人たちの羅列だと思われていたものが、一気に重なっていくわけですからね。しかもそこにしっかりとテーマ性まで入れ込んでいるのですから見事としか言いようがありません。
しっかりと読まされた読後感が残るんですよね。
いやあ、こんな構成の仕方は見たことがありませんよ。ていうか、この作品で編み出されている手法は、作者は意図していないかもしれませんが、推理小説の新しい切り口にもなりうるんですよね。
たった一冊を読んだだけでたくさんのものを得られる贅沢な本でした。書くのに10年かかったという話ですが納得です。
この作者の次の作品も読みたいと猛烈に思わされますが、また10年待たないといけないとなると、ちょっと待ち遠し過ぎますね。
誰に対しても自信を持って強くお勧め出来る作品でした。