「ゼロの焦点」
著 松本清張
松本清張の代表作の一つですね。
何度も映画化・ドラマ化されている作品です。
名作として世代を超えてこれだけ多くの人を惹きつけている理由は、一つは単純に推理小説としてのストーリーの面白さがあるからであり、もう一つはこの作品が持つ社会性にあると思います。
まずストーリーとしての面白さですが、この作品の特徴として、事件の謎解きをして行くのが、刑事や探偵ではなく、普通の若い女性だという点です。
主人公の禎子は、夫の失踪という突然降りかかった災厄に巻き込まれただけの女性に過ぎないんですよね。
そして長年連れ添った夫ではなく、お見合いで結婚したばかりの夫という点がポイントになっています。
つまり夫のことを良く知らないことが多くの謎を生むという構図になっているんですね。
この人物設定はうまいと思います。
これによって、一般人が事件に巻き込まれ、一般人の視点で謎解きをせざるを得なくなっていくというストーリーが構成されていくわけですからね。
そして一般人の視点だからこその分からなさがあり、ある意味読者と禎子の視点が一致して謎解きに挑んでいくという形になっていきます。
客観的にストーリーを追っているというより、より主観的にストーリーを追っていくという臨場感が出てくるんです。
最後の理由付けに若干無理を感じるものの、この事件を一緒に追っているんだという臨場感がそうした感覚を陵駕してくれるので、物語を一気に読むことが出来るんですね。
そして、もう一つ、この作品の特徴として挙げたいのが社会性です。
日本の小説は、とかく社会性や政治性を避けたがるんですよね。
これは、読者が望んでいないからなのか、出版社が嫌がっているのが微妙なところなんですが、ただ松本清張は果敢にそこに突っ込んでいっており、この時代のタブーを問題意識を持ってしっかりと書いているんです。
この点が松本清張と他の作家との違いであり、この作家が評価される点なんですよね。
こうした社会性を描いているからこそ、その時代のリアリティがこの作品には描かれており、だからこそ逆に古びない作品として今もなお語り継がれている作品となっています。
実際、この作品では戦後における日本女性について語られているのですが、この時代と今と実は変わっていないところが多分にあり、そういう意味でも普遍性があるというか、テーマ性が色褪せていないのはさすがの一言です。
ちょっとこれは映像でも観たくなっちゃいましたね。