「木戸孝允」
著 松尾正人
維新三傑に西郷隆盛と大久保利通とともに名を連ねる木戸孝允に迫った本です。
木戸孝允と言えば、幕末における桂小五郎時代のことはわかるけれど、木戸孝允になってからはイマイチ何をやったのかわからないという人が多いと思います。
まあ、実際、映画や小説で取り上げられるのは、桂小五郎時代の話ですし、池田屋事件や禁門の変、それに薩長同盟などドラマティックな場面がどうしても印象に残ってしまいますからね。
この本ではそうした桂小五郎時代のではなく、明治になってから木戸孝允として彼が何をしたのかを克明に描いています。
そしてこの本を読めば、木戸がいかに重要な人物であったかがよくわかり、維新三傑として名を残している理由がよくわかりますね。
木戸の残した業績として最も目を見張るのは、「版籍奉還」及びそれに続く「廃藩置県」をもっとも強力に引っ張って成し遂げたという点です。
何となくドラマとかでは、江戸城の無血開城や戊辰戦争の終結などで明治維新が成し遂げたと思われがちなのですが、それは変化の始まりに過ぎないんですよね。
徳川幕府がなくなっただけでは、維新にはならず、封建制度をなくさない限りは、「国家」として諸外国にも認めてもらえないわけです。
ただ明治の最初の時点では、明治政府には封建制度をなくす力なんてありません。
軍隊は薩摩などの大藩からの借り物ですし、天皇の名を借りてどうにか体をなしているに過ぎないんです。
つまり、戊辰戦争が終わった時点では、幕府がなくなっても各地に藩が残っており、その藩にそれぞれの財政や藩兵を動かす権利があるのですから、明治政府はいつひっくり返されてもおかしくないわけです。
これを防ぐには、とにかく藩をなくして、藩主の力を削ぎ、封建制度を改めさせて中央集権的な郡県制にする必要があります。
もちろん、そのことは大久保などのほかの政府の要人もわかっていたんです。
でも、出来なかった。
どうしても旧藩主に遠慮があり、漸進的に変わればいいと思っていたんです。
特に島津久光が目を光らせる大久保ら薩摩人はその最たる例でしたね。
ただ要人の中で木戸だけが違った。
ラディカルな伊藤博文や井上馨の突き上げもあり、郡県制に早くならなければ、富国強兵はなされず、明治政府の未来がないことをわかっていたんですね。
木戸はまず自らの旧藩主だった毛利家を説き、さらに薩摩や土佐を説得して版籍を奉還に成功させます。
長州や薩摩などの大藩が版籍奉還を受け入れたことで、他の藩も受け入れざるをならなくなっていったというわけです。
そして版籍奉還がうまくいくと、廃藩置県も拍子抜けするくらいすんなりとうまくいった。
あまりにすんなりと上手く行き過ぎたことで、歴史上あまり注目されませんが、これってすごい大事なことなんですよね。
ていうか、血を流さずに体制の変更がなされたって、世界史上、類を見ないくらい珍しい出来事なんですよね。
まあ、この反動が各地士族の反乱や西南戦争へと続くわけではあるのですが。
岩倉使節団への参加後に、木戸が征韓論に否定的になり、憲法の制定や地方政治や学制の確立に強く興味を持つようになり、帰国後はそれらの実現のために積極的に動くようになったという話も興味深かったです。
憲法と言えば、伊藤博文が作ったという印象が強いのですが、そもそもは伊藤の後ろ盾であった木戸がその基盤を作っていたというわけですね。
木戸孝允の印象ががらりと変わった一冊でした。