女性のためだけじゃない、上野千鶴子さんの東大入学式祝辞

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

いやあ、今さらながらですが、東大の入学式における上野千鶴子さんの祝辞の話題性はすごかったですね。賛否両論色々とありますが、メディアに大きく取り上げられた結果、あの祝辞を東大生以外の一般の人がたくさん観たという事実が生まれたことはよかったのかもしれません。

個人的には、とても素晴らしい祝辞だと思いました。
お祝いの入学式であるはずなのに、水を差すようなことを言うな!と言っている人もいるみたいですが、確かに入学式はお祝いの場でありますが、それと同時に入学式とは、その学校に今日から入ることを意味するわけですから、この学校に来て、こういう人になってもらいたいというメッセージを流すことに何も問題はないと思います。

どうしても、上野千鶴子さんそのものが女性学のパイオニアであり、その過激な発言から疎ましく思っている人も多いのでしょうが、それは偏見というもので今回の祝辞に関しては、当たり前のことをしっかりとした考えと言葉で述べているだけなので、この点も問題はないです。過去の上野さんの発言との整合性に疑問があるという意見は分かりますけれども、そんなことを突き詰めて行ったら、こういう場で人は何も言えなくなってしまいますからね。

女性の話を主にしているように思われがちですが、わたしはもっと大きく、人が人に行う支配についての話をしているように受け取りました。
東大に入学をするような頭のいい人たちは、確率的に各分野でリーダーになることが多く、社会に率いる立場になる可能性が高い人たちです。
努力でのし上がったのだから、それなりに報われるのは当然なのだと思ってしまうのかもしれませんが、それなりの地位や報酬を得るということは、同時に大きな責任も負うということです。そして、その責任を負うということは、人を意のままに支配する、自分たちの優位を押し付けるのではなく、みなが心地よく平和に暮らせるような社会を作ることです。
未来のリーダーがそのための倫理観を問われるのは当たり前の話である訳ですし、また入学式で改めて東大に入るということはそういった倫理観を持たなきゃダメなのだと念を負わせるのも当たり前の話だと思います。

優れたリーダーになってほしいから、国はこの大学に多くの税金をつぎ込んでいるわけですからね。

まあ、本当は上野さんの祝辞が話題になってしまうこと自体が、この国の意識がまだまだなのだというような気もします。
こういった内容の祝辞がそこかしこで当たり前のように聞こえてくるようになる、もしくはもう国民の意識として当たり前のことだからわざわざ言わなくてもいい、そんな進んだ社会に早くなるといいですね。

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