「AI監獄ウイグル」 著 ジェフリー・ケイン

「AI監獄ウイグル」 著 ジェフリー・ケイン

新疆ウイグル自治区が中国によってAI監視され、何万にもの人々が強制収容所に入れられたり、強制労働をされているというのは、もはや国際的に周知の事実となっていますが、この本はなぜこのようなことになってしまったのか、どういうプロセスでそうなったのかを何百人もの証言を元に詳細に追った本です。

おおよその話はニュースなどで知っていましたが、こうして詳しい話を読むと、改めてこの話が酷い話であるのかが分かります。
確かにホロコーストのようにガス室があるわけではないし、ウイグル族すべてを殺しているわけではありません。
でも、宗教や風習を制限し、互いに監視をさせることで民族としての結びつきをなくし、さらに女性に対して不妊手術を強制しているわけですから、これは民族の文化や記憶を時間をかけて抹消しようとしている、新しい形のジェノサイドであることは間違いないです。
しかも恐ろしいことに新疆で味を占めた中国は、この新たなジェノサイドの推進力となっているAI監視システムを世界中の独裁国家に輸出しようとしているんですよね。

独裁国家からしたら、こんなにテロリストを未然に察知して捕まえるという名目で、自分たちに批判的な人間を根こそぎ拘束したり、無力化することが出来るのですから、こんなにありがたいシステムはありませんよね。
しかも新型コロナウイルスの防止を大義に、先進国の政府までもが、市民をコントロールする強権を欲している状態にあるので、テクノロジーによって民主主義が本当に危険な状態にさらされているわけなんです、今は。

インターネットが登場したときは、このテクノロジーによって、人間はどこまでも自由になれると思ったのですが、今は真逆な話になってしまっているんですよね。
まあ、この話に関しては、明らかにテクノロジーを倫理観なく使う中国のやり方がおかしいと思いますが、ただなぜこうなったのか、中国がAI監視国家に至るまでの道のりを見ていくと、中国だけでなく、アメリカの企業も関わりがあることは事実なんですよね。

つまり、そもそもそれほどAIに関して技術的に高くなかった中国企業に対して、目先の利益に目が眩んでアメリカ企業が提携してしまい、技術提供や人材育成を行ってしまったんです。
もちろんこんなことになるなら多くの企業は中国に協力はしなかったと信じたい所なんですが、それにしても経済的な観点からだけでなく、歴史的地政学的な観点からもよく検討していれば、もう少しリスクは予測できたのではないかと思います。どうも中国に関しては、想像を超えて発展してしまっているので、すべての対応が後手後手になってしまっているのが現状ですからね。

現在中国政府も中国企業も、うまく二枚舌を使って、テロリストを駆逐するというそもそもがアメリカが言い出した大義を隠蓑に、とにかく監視国家の正当性とテクノロジーによる明るい未来を主張しています。
中国自体が覇権国家になるという政府の目的と、とにかく多くの利益を得たいという中国企業の目的が合致してしまっていて、新たなテクノロジーや状況が及ぼす影響を考えるという倫理観が彼らの頭の中では抜け落ちてしまっています。
今はかろうじてまだ西側諸国は、それはおかしいという見解を示していますが、今後経済的に中国がさらに優位に立ったとき、西側諸国の企業が背に腹を変えられずに、倫理に対して今の中国企業のような考え方に変わってしまったときが恐ろしいです。
当然西側諸国の政府も自国企業を守らざるを得なくなってきますし、西側諸国の中で出し抜い合いが始まって中国と同じ穴のムジナとなってしまえば、もはや中国に対するストッパーがいなくなり、世界全体が今の新疆のようなディストピアになってしまう可能性も十分にありますからね。

SFの世界の話だとばかり思っていたオーウェルの「1984」の世界がまさか現実の話になってこようとは、よもやよもやですね。