「あなたの人生の物語」
著 テッド・チャン
中短編の名手と謳われるテッド・チャンさんの短編集ですね。
寡作ではあるものの、そのすべての作品においてレベルが高く、ほとんどの作品がネビュラ賞やヒューゴー賞の受賞もしくは候補作となっているだけあって、確かにハズレが一つもないです。
典型的な理系の人の文章なので、人によっては読みにくさを感じる人がいるかもしれませんが、その分充分な科学的知識に基づいて話が描かれているので、ストーリーだけじゃなく、SF的なリアリティそのものを楽しむことが出来ます。
本作に収録されている8編のどれもが独特で、興味をそそられる話だったのですが、個人的に特に気に入ったのは、表題となっている「あなたの人生の物語」と「七十二文字」、それに「地獄とは神の不在なり」の三編ですかね。
「あなたの人生の物語」は二つの話が交互に語られて、それが意味するところがわからずに読み進めていくことになるのですが、それがだんだんと分かってきて、最後に時系列的にもカチッはまります。物理学をテーマにしていて、わたしたちの世界では当たり前だと思っている常識を宇宙人の視点からひっくり返して見せるというやり方に驚かされました。
これはなかなか思いつかないアイデアで、このSF作家の真骨頂を見た印象があります。
七十二文字は、文字によってものが動くという発想を軸に物語を展開していることも面白かったのですが、なによりもよかったのが、ちゃんと社会的なメッセージも入っていて、技術の進歩が社会に及ぼす危険性について問われているテーマがしっかりと描かれているんですよね。しっかりとSF作品としての役割を果たしている感じがしてとてもよかったです。
「地獄とは神の不在成」は、個人的には一番好みだったのですが、まず天使の使い方がいいですよね。天使の降臨によって、その恩恵を受ける人と、災いをもたらされる人がいるっていう設定が素晴らしいですし、それに対して、色んな人の意見があれこれと語られているので、非常に物語が深掘りされて行っていますよね。
ビジュアル的にも、不可思議な想像をしてしまうので、ぜひ映像化してほしいなって思った作品でした。
宗教じみたことを描いておきながら、客観的な視点に立ち、宗教というものの意味を普遍的に考えようという作者の態度が伝わってきて、色々と考えさせられる話でした。
そのほかにも「バビロンの塔」とか「顔の美醜について」なども読んだことがないようなタイプの話で面白かったですね。
もっと読みたいなと思わせる作家の作品でしたが、何ぶん寡作であるためにほかに読めないのが残念です。
グレッグ・イーガンなどとも比較されることが多い作家なので、長編を書いてほしかったなと思います。