「ダイヤのA」 著 寺嶋裕二

「ダイヤのA」 
著 寺嶋裕二

エンゼルスの大谷翔平選手も推している漫画ですね。
普通高校野球を舞台にした漫画は、大抵の場合は、投げてよし打ってよしの主人公が弱小高校の野球部に入って強豪校を次々となぎ倒して行くという話が王道ですが、この漫画は違います。
弱小中学でエースだった主人公の沢村栄純が東京でも指折りの強豪校に入り、そこで生き残りをかけた切磋琢磨の姿が描かれるんですね。

つまりこの漫画は、漫画を面白くするために高校野球が題材として描かれているのではなく、高校野球におけるリアリティを描写するために漫画という媒体が使われているという感じなんです。
だから、これまでの野球漫画とは違って、野球に関する描き方がやたらとマニアックで、緻密に描かれています。ほぼ野球以外の要素が皆無というのも特徴的です。
なので、たぶん野球に興味がない人にはなかなかその面白さが伝わらないかと思われますが、野球好きにはたまらない漫画ですね。

多様性が叫ばれる中で、あえてコアな層に向けたという意味では全然アリだと思いますし、野球漫画の在り方を考え直す分水嶺となる漫画かもしれませんね。
実際、強豪校における厳しい競争の描写はリアルで、能力差に打ちのめされたり、少しでも上手くなろうと今出来る技術の習得に励んだりというシーンは、これまでの野球漫画と違ってリアルに描かれており、とても興味深く読むことが出来ました。

個人的にはそれと、選手だけでなく、教える側の多様さや葛藤、教育哲学などについても時折ちゃんと描かれていたのがよかったと思います。
あと大抵は夏の甲子園の予選や本選しか詳しく描かれない多くの野球漫画と違い、セレクションから春季大会、秋季大会など一年を通じて詳しく描かれていることにも目を見張りました。
強豪校における野球部員の日常がこれでもかというほどに追体験出来ますね。
相当取材をしたんだなっていうのが伝わってきます。

ただ少し残念だったのは、これだけリアリティを描き出すことに腐心しておきながらも、その美しさやプラスの面ばかりがどうしても目立ってしまっていて、強豪校ならではのダークな一面があまり描かれていなかった点です。
頑張っても報われない選手や怪我で苦しむ選手はある程度描かれていますが、結局彼らも腐らずに前向きになっていきますし、そもそもあれだけ競争が激しければ、当然足の引っ張り合いや、虐め、不条理なまでの過酷な上下関係があるはずなのに、それらの負の側面がほぼ描かれないことについては、読んでいるうちにさすがに違和感を覚えてしまいました。

漫画だからこそ描かなかった、野球をそういう目で見て欲しくないからこそ描かなかった、というなのかもしれませんが、強豪校の野球部のリアリティを描くということに主眼を置いている本作だからこそ、そこは隠さずに描いて欲しかったなと思います。
ただこの作品は、actⅡとしてまだまだ続きます。これからそうした面を含めて、主人公たちの成長をどこまで描いてくれるのか。
野球ファンとしては、楽しみばかりが詰まった作品ですね。