「クロスゲーム」 著 あだち充

「クロスゲーム」 
著 あだち充

「タッチ」や「H2」のあだち充さんの作品ですね。あだち充さんといえば、やはり上記のに作品が有名ですが、本作も人気が高く、むしろ本作こそが一番だという声もよく聞きます。
また、「タッチ」の後継作といえば、舞台をそのまま利用した「MIX」がまず挙げられますが、テーマとして後継しているのは、本作といえるでしょう。

そうなるとまず「タッチ」のテーマのおさらいから話を始めないといけませんが、「タッチ」のテーマは死者との三角関係です。
具体的には、上杉達也、和也の双子の兄弟と幼馴染の浅倉南の三人の話ですが、途中で和也が死ぬことで、達也と南が後ろめたさに苛まれ、本来ならば相思相愛であるはずなのに、なかなか恋愛に進むことが出来ないという話です。
そこに和也の「南を甲子園に連れて行く」という約束が呪縛のように達也と南を縛り付け、結局達也が和也の代わりに南を甲子園に連れて行くことで、二人の関係を改めて問い直していくという話です。

一方で本作は、月島若葉と月島青葉、そしてこれまた幼馴染の樹多村光の三人を中心にした物語です。
「タッチ」が男二人、女一人だった編成に対し、本作は女二人、男一人という編成です。
そして、物語の序盤で若葉が亡くなり、物語は青葉と光の二人を中心に描かれていきます。

「タッチ」との大きな違いは、達也と南は、そもそも相思相愛であり、だからこそ和也が亡くなった後、彼らが後ろめたさに苛まれていくのですが、本作では光と亡くなることになる若葉が相思相愛で、結果的に遺されることになる光と青葉の関係は最初からよくありません。
光自身は、仲良くしたいと思っているのですが、一方的に青葉が嫌っているんですよね。
ただ若葉が亡くなった後、二人は同じように喪失感を感じています。
でも、ここで語られる感情は、「タッチ」で描かれた強烈な後ろめたさではなく、寂しさであり、空虚感です。

死者との三角関係というテーマの枠そのものは、「タッチ」のものをそのまま使っているんですが、男女比率と、遺った二人の初期の関係性を変えることで、二人が以後物語で抱くことになる感情を微妙に変えているんですね。

一見してすぐに「タッチ」のやり方を真似ているということはわかるのですが、物語に触れていくにつれてそこで語られる感情が違うということに気が付いて行き、そして「タッチ」とは全く違う物語として話を楽しめることが出来るんですよね。

面白いのが、「タッチ」の達也と南がすでに近い存在でありながらも、近づけない関係であるのに対し、青葉と光には常に距離があるんですよね。
そして距離があるくせに、素直になれずに、近づけない。
若葉の死を同じように悼むことが出来る唯一無二の存在であるのに、そのキッカケが掴めないんです。
そうしたお互いの感情のすれ違いを、野球を通じることで、解消させていくというアプローチは「タッチ」と同じです。
ただこちらの方が、和也の「南を甲子園に連れて行く」という約束が呪いのような形になっているのに対し、若葉の夢の話は、きわめてフワッとしていて、そのフワッとしたライトな感じがそのまま作品の空気感を貫いています。

なので、「タッチ」よりも作風としては爽やかな印象を受けるんですよね。
青葉と光の関係が最後までプラトニックなものであり、最後までどうなったのかを曖昧にして読者の想像に任せているところや、実はすごくいい奴である赤石に最後に花を持たせている点など、非常に好感が持てる作品です。
そういう意味では、恋愛に傾きがちな「タッチ」よりも野球に傾きがちな「H2」よりも、本作を好みだと思う人が多数いるということは納得できますね。

それにしても似たような作品と見せかけながら、やっぱり見せてくるあだち充さんの力はすごいですね。
情景描写の使い方や、ちょっとした笑いの見せ方など、ホントに抜群で、漫画の見せ方を知っている稀代のヒットメーカーといっても過言ではないと思います。