「ベリングキャット デジタルハンター、国家の嘘を暴く」 著 エリオット・ヒギンズ

「ベリングキャット デジタルハンター、国家の嘘を暴く」 
著 エリオット・ヒギンズ

ネットにある動画や画像などの、いわゆるオープンソースを分析することで事実を突き詰めていくNGOの話ですね。
日本ではまだあまり知られていませんが、すでにこの集団が欧米のマスメディアの在り方を変えています。

本を読んでまず驚いたのは、この本の作者であり、ベリングキャットの創設者であるエリオット・ヒギンズ自体は、そもそもメディアの人間でもなければ、ITの専門家でも大学教授でもなく、そもそもただの普通の会社員であったということ。
リベリアでの紛争の動画を見ていくうちに、その事実を突き詰めていくことに次第にハマっていき、いつしか自分がやっていることの重要性に気づいていくという話には、得てして世の中を変える発見というのは、個人のこうした「気づき」によって始まるのだと感心させられました。
確かに、わたしたちの周りにはもはや数えきれないほど膨大な動画や画像が存在しています。
普段、わたしたちはその価値に気づいていないんですけれども、それが時と場合によっては、事実を証明するのために非常に大事な証拠となっていくんですよね。
まるで神からの啓示を受けたように「気づき」を得たエリオット・ヒギンズが個人ブログを立ち上げることから始まり、それがシリアの内戦やウクライナ東部での戦争、ロシアの謀略などを暴いていくことに繋がっていくことには驚きです。

協力者にボランティアで調査に加わってもらうしかなかったのが、あれよ、あれよと言う間に、欧米のメディアが気づけなかったことについて、どんどんと証拠を発表していくことでその存在感を高めていき、少数でもモノの見方を変えるだけで、十分に真実を追求できることを証明していき、わずか数年で全世界から注目されるNGOになってしまったわけですからね。

ロシアによるウクライナ侵攻を見て、ウクライナが情報をいかに上手に使って抵抗しているのかを見て、多くの日本人は、戦争の在り方もそうですし、報道の在り方も変わって生きているということをようやく感じ始めています。
でも、この本を読むと、欧米ではとっくにそのことに気づいていて、むしろ敵の陰謀を暴くことを前提に、いかに大量の動画や画像を残すかということを市民を含めてやっているんですよね。

独立以来ずっとロシアの陰謀に振り回されてきたウクライナは、2014年にクリミア半島を一方的に併合されてしまってからは、市民に対してとにかくSNSで動画や画像を撮ることがロシアの嘘を暴くことに繋がるという教育がなされています。
今、ウクライナが情報戦で優位に立っているのは、そうした前提があるからで、今急に始まったことではないんですよね。

また血みどろの内戦が続いていたシリアでは、反政府側の人たちがアサド政権によって壊滅状態になっていく中で、彼らがどれだけ非道なことをしてきたのかという動画や画像などの証拠を残しています。
現状、それを訴えたところで、ウクライナと違って、西側諸国が動かなかったので、効果は期待されたほど出ていませんが、それでもシリアで反体制運動をしている人たちは、未来のシリアのために、いつかアサド政権の悪が暴かれることを信じて大量の動画や画像をアーカイブ化して保存しているんですよね。

この本を読んで、ベリングキャットがやっていることを知れば知るほど、個人レベルで情報を残したり、手に入れることが出来るようになったことで、ジャーナリズムの在り方そのものが変わってきているのを感じます。

今、世界では、トランプ派や半ワクチン運動など、いわゆる反事実コミュニティというものが世界中に勃興していて、そうした人たちが自分たちの主義主張に沿って、都合のいい情報を無責任に大量にばら蒔いています。
それはロシアのようにプロパガンダとして、組織的にやることもあれば、個人が他者からの承認要求を満たすためにやっている場合もあります。
そうした情報のカオスに対して、世界を守るには、何が真実であるのか、丹念に証明していくしかないんですよね。
そうなってくると、これまで通り、いわゆるジャーナリストや記者が足で情報を取って来るというやり方だけでは、到底何が真実であるのか、大まかなことしか伝わらず、本当の現実がわからないということが往々にして起こってします。
またなにがしかの専門家と呼ばれる人たちが出来てしまって、彼らによる知見のみが正しいという話になってしまいがちになってしまっていることも事実です。

でも、真実は一部の人や専門家の手の中にあるのではなく、実際にその場にいた人の目やそのことを経験した人の目に映ったもの、そして何らかの形で残ったデータや文書、画像や動画などの証拠の中にこそあるんです。
これまではジャーナリストが足で運んで見聞きしたものだけ正しい情報とされていましたが、今や誰のパソコンやスマホからでも、真実を見つけ出し、そしてそれを共有することが可能な時代になっているんですよね。

社会が右傾化するにしたがって、右も左も社会を分断させてしまうような反事実の言説が垂れ流しになってしまっています。
それは外国だけの話ではなくて、日本でも同じです。
ロシアや中国だけでなく、当然日本にも自分たちの主義主張を通すためなら、それが事実かどうかなんて関係なく、都合のいい情報をさも真実であるかのように流布している人たちはいるんです。
こうした人たちは、社会にとって害悪でしかありません。
いかに立派な職業に就いていたり、権力があったとしても、多様性を基盤としてみんなが共生出来るような社会を作る上で、それを阻害していると言わざるを得ないからです。

ベリングキャットがやっているオープンソースを調べることによって真実を突き詰めていくというやり方は、誰でもがその情報にアクセスが可能だという点において、信頼性が担保となっています。
そしてみんなが果してどの情報が正しくて信頼に足るのかというファクトチェックをすることで、反事実的な、誰かのプロパガンダから社会を守ることに繋がるんですね。

世界ではジャーナリズムがとっくに次の段階に進んでいるということ。
そして、当たり前ですけれど、もはや少なくとも英語が喋れないと、社会に今何が起こっているのかを正確に知ることが難しいということを思い知りました。
同時に、いかに日本のメディアが、欧米のそれに比べて2周も3週も遅れていることもわかってしまったんですが。
NHKスペシャルとかはね、似たような手法で情報を集めている感じではあるんですが……
すでニューヨークタイムズやBBCは、社内にオープンソース調査班を大体的に立ち上げているそうです。
日本のメディアもちょっと早急に対応した方がいいですね。