「同志少女を敵を撃て」
著 逢坂 冬馬
テーマ性とエンターテイメント性を兼ね備えた傑作だと思います。
どっちをとっても、素晴らしいというのはなかなか難しいのですが、それを初めての作品で成し遂げているのですから只者じゃないですね、この作家さんは。
本屋大賞も納得です。
ソ連のスナイパーというと、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの「戦争は女の顔をしていない」をどうしても思い出してしまうのですが、本作は小説という違うジャンルで、見事にこのテーマを描いていると思います。
さて、作品についてなんですが、まずエンターテイメント性というか、読者を読ませるために非常に分かりやすい設定を作っていることがすぐにわかります。
ようするに昔ながらの敵討ちなんですけれども、主人公が置かれた状況が悲惨であればあるほど、読者はどうしても感情移入してしまうんですよね。
それに加えて、主人公に「仲間」を持たせることで話を盛り上げます。
わたしが個人的に「ジャンプシステム」と呼んでいるものです。
ようするに主人公に仲間を作ることで、その仲間が直面する苦難や喜びを主人公と共に読者も共有し、そのことによって読者があっという間にその作品のとりこにされてしまうという魔法のシステムなんですが、本作はストーリーにおいて、これを非常に上手く使っています。
まず主人公とその仲間の構成が絶妙ですよね。
まず村をドイツ軍に全滅させられたセラフィマに、貴族出身であることを恥じているシャルロッタ、孤高の存在で、圧倒的な射撃能力を持つカザフスタン人のアヤに、一人年が離れているヤーナ、そしてウクライナ人であり、コサックの名誉回復を言葉にするオリガ。
そんな彼女たちの上に一癖も二癖もあるイリーナが教官として上に立っているので、そりゃ、気になって先をどんどんと読んでしまいますよね。
ある意味、このキャラ付だけでストーリー的には、かなり仕上がっている感じすらします。
このキャラたちが、スターリングラード攻防戦などの激戦地で闘うわけですから、これは心を揺さぶられますよね。
こうしたキャラ立ちのある、スリリングなストーリーテリングも見事だったんですが、個人的に、見事だと思ったのは、ここにしっかりとテーマを組み込んでいること。
ここからは、ネタバレになるので、読んだ人だけに読んでほしいのですが、秀逸だったのは、あれほど射撃の天才であったアヤが最初の戦闘で壮絶な死を迎えてしまった点です。
ここで、なぜ誰よりもすごかったアヤが死んだのか、を主人公に深く考えさせます。
そして、ここから、ただの戦争小説ではなく、主人公の内面の変化に重点を置いた話になっていくんですよね。
ドイツとソ連を繋ぐ外交官になりたいと言っていた主人公が、ドイツ人と戦い、彼らを殺していくにつれて、その人間性が麻痺していく様の描き方は見事です。
そして、最終的に、なぜ男性ではなく、女性スナイパーをテーマにしたのかと言うことがわかっていくこと、そしてその点に、話のテーマが自然と絞られていく点も、非常に巧みだと思いました。
「同志少女よ、敵を撃て」
の敵が、本当は誰なのかがわかったシーンでは、思わず唸ってしまいましたよ。
テーマ的に見ても、非常に進んだ小説だと思います。
自信をもって誰にでもお勧めできる本ですね。この作品は。