「手塚治虫とトキワ荘」
著 中村右介
トキワ荘にまつわる話を膨大な資料をもとに調べられているルポです。
これまで漠然と知っていた話も、ああ正確にはこうだったのかとか、こういう話だったんだとか、ここがこう繋がるだという感じで、色々と知ることが出来て非常に楽しめました。
知識欲が非常に満たされましたね。
出版社の成り立ちというか、発展の仕方も時系列にわかるのでとても興味深かったです。
特にトキワ荘の話とは切っても切れない学童社の「漫画少年」の話は鉄板の面白さですし、あと小学館と講談社の争いもそこまで詳しく知らなかったので面白かったです。
特に藤子不二雄との週刊誌における専属契約をわずか2日の差で小学館が勝ちとったという話には驚きました。
確かに、この2日の差がなければ、「ドラえもん」や「オバQ」は生まれず、漫画史はおろかアニメ史も変わっていましたね。
本を読み終えて思ったことは、トキワ荘の面々もそうですが、やはり手塚治虫が偉大だったということ。
多くのエピソードして、ファンレターの多くに返事を書くなどファンを大事にし、かつ自分を追ってくるはずの若い子たちの面倒も見ている姿勢には驚かされました。
若い子の才能を間近で見て育てるだけじゃなく、嫉妬することで、自らをも育てているんですね。
あれほど長い間漫画を描きつづけ、神様と言われた理由がよくわかりました。
そして、こうした「人を育てる」という陽の流れを起点である手塚治虫が作ったことで、それがトキワ荘のメンバーを生み、さらに漫画界が興隆していくという流れになっていくんですね。
のちに藤子・F・不二雄がアシスタントに長くアシスタントとして働かないことを促し、デビューさせてあげるために編集者に掛け合っていたという話や、赤塚不二夫が若かりし頃のタモリを居候させて育てていたという話も、すべてはこの流れから始まっているんだと合点がいきました。
個人的には、石ノ森章太郎と赤塚不二夫の友情が美しく見えて、印象的でしたね。
箇条書きに記すと、
天才だが、生活力のない石ノ森に対して、赤塚が食事を作り、アシスタントを買って出ることでサポートする。
ただ赤塚は、気乗りのしない貸本の仕事しかなく、どんどん石ノ森に差をつけられていくことに焦りを感じている。
そんなときに、トキワ荘のマドンナであった石ノ森の姉が喘息の発作を起こし、運ばれた病院で死亡。
シスコンだった石ノ森は気丈に振る舞っていたものの、赤塚の前でだけは泣いていて、赤塚は石ノ森を慰め続けていた。
その後立ち直った石ノ森は、週刊誌の編集者に赤塚にギャグマンガを描かせるように談判し、そしてこれが実る。
と、何だかドラマのような話ですよね。
そしてこの二人がそれじれ「仮面ライダー」や「天才バカボン」などを生み出していくという話なのですから、驚きとしかいいようがありません。
このほかにも、トキワ荘にまつわる光の部分だけでなく、森安なおやなどトキワ荘にいながらも売れなかった漫画家や、寺田ヒロオなど売れたにも関わらず、自らの信条でマンガを描くのを止めてしまった漫画家などの話もしっかりと描かれていたので、非常に勉強になりました。
自分が子どもの時にはすでに少年ジャンプが覇権を握っていた頃でしたが、でも今こうして考えてみると、自分の漫画の原点も手塚治虫であり、トキワ荘のメンバーたちが描いた漫画にあるのだと改めて思いましたね。