「ヴィンランド・サガ」 著 幸村誠
「プラテネス」で有名になった幸村誠さんの作品ですが、これは間違いなく名作ですね。
正直、「プラテネス」よりいいです。
ここ何年かで読んだマンガの中で一番いいんじゃないかな。
まずネタバレを含みますので、読んだ人のみ先を読んでいただければと思います。
さて、舞台が日本人にはなかなか馴染みのない、中世以前のヨーロッパで、しかも略奪・狼藉を働くバイキングを題材にしているので、なかなか物語に入り込むというか、登場人物に感情移入することに時間がかかる作品だというのは否めません。
ただ、のちに読み進めていくうちに、こうしたバイキングの描写が布石となって大きく生きてくるんですよね。
圧巻だったのは、バイキングに身を投じていた主人公のトルフィンが奴隷に身を落としてからです。
自分の手で父親の仇を打つことが出来なかった彼は、生きる目的を失い、半ば抜けがらのようになりながらひたすら働いています。
ポイントは、期せずして普通の生活を始めたことによって、彼自身が何人もの人たちを殺してきたことに罪の意識を感じるようになってきたというところですね。
つまり、最初は父親を殺された、被害者であった彼が、いつの間にか加害者になっているということを本人にも読者にも突きつけてくるのです。
その後、奴隷仲間のエイナルと出会ったことで、平和の中で働くことの意味を知ったトルフィンは、同じく奴隷仲間のアルネイズがこの世に希望を持てずに死んでいくのを目の当たりにして、未開拓の地、ヴィンランドに戦争のない、平和な国を作ることを心に決めます。
ここにきて、ようやくテーマの本題に入っていくのですが、面白いのが、ここで主人公に対して、この物語は、大きな枷を課してくるんですよね。
ヴィンランドに植民するための資金調達の旅の際に出会うことになる女性狩人のヒルドです。
このヒルドというキャラクターの使い方が実に面白い。
戦士として人を殺してきたトルフィンが、贖罪のためにヴィンランドを作るという出だしのところで、トルフィンによって家族を殺されたヒルドを登場させる。
つまり、お前は虫が良すぎるんじゃないのかと、人を殺したことに対しては、自分の命でしか償えないのではないかと、ヒルドの存在そのものがトルフィンに投げかけて来るんですね。
以来、ヒルドはトルフィンについて回ります。
彼を常に監視し、彼が人を殺す、つまり化けの皮を剥いだ時点で自分の手で殺すというのです。
トルフィンは、いかなるときでさえも、不殺を要求されるようになるわけですね。
この枷が物語を面白く、また深くさせています。
正直、この時代において、ハッキリ言って、不殺は、自分の仲間が殺されることを時に意味します。
実際、トルフィンはこれでもかというほど、このヒルドとの約束があることで、窮地に陥ります。
読んでる方からしても、「それくらいは、許してやってくれよ、ヒルドさん!」と思うくらいに。
でも、ヒルドさんは、徹底してトルフィンに不殺を求め続けます。
トルフィンが強かったから、そして、運があったから、危機を乗り越えられたというのは確かでしょう。
おそらく普通の場合だったら、バルト海の海戦の最中で、不殺などをやっていたから、確実に殺されます。
でも、この物語においては、トルフィンがヒルドとの約束を守り抜くことに意味があるんですよね。
その意味が、実際にヴィンランドにつき、新しい植民が始まりつつある中で、ジワジワと感ぜられます。
それは、ヒルドさんにとっても同じで、これ以上怒りに任せて憎しみ続けることなんて出来ないと、彼女はトルフィンのひたむきさを見て、思うようになるのです。
ヒルドさんがトルフィンを赦すシーンは、思わず泣きそうになってしまいました。
そこだけ見ると、地味なシーンなんですけれども、ずっとこの物語を追ってきた読者にとっては、感情が動かされないわけにはいかない場面ですよね。
トルフィンを赦すことで、自分自身が加害者になり、ほかならぬトルフィンと同じ苦しみの道を歩まずに済んだヒルドは、自分自身をも救っているんですよね。
言葉で贖罪をしたり、赦したりすることは、簡単です。
でも、それを本当にやり切るっていうは、自分自身を大きく変える必要があることなので、非常に難しいですよね。
でも、難しいからこそ、価値がある。
何だか色々なことを考えさせる作品でした。
名作認定です。
自信をもって人に薦められる作品ですね。