「社長島耕作」 著 弘兼 憲史
ついに島耕作が社長になったわけですが、さすがに日本を代表する企業の社長ともなると話がワールドワイドになってきますね。
連載当時の世界情勢などを鑑みながら話が進んでいくのでそれはそれで面白いのですが、登場人物の意志とは関係のない、つまり一人の人間の力ではどうにもならないところで話がまとまってしまうところがあるので、ドラマツルギーとしてはどうしても課長・部長時代などと比べるとカタルシスが少なくなってしまいます。
老齢になってしまったので、恋愛話もどうしても無くなったしまいますし……。
社長編を読んでみて意外に思ったのは、大企業の社長といっても、意外とやれることは少ないんだな、という点です。
もちろんそれは自分の会社に対してというより、社会や経済、政治などに対してです。特にバブルのイケイケだった時代は終わり、話がワールドワイドになった今、話は常に複雑に入り組んだものとなっており、一人のカリスマがどうこう出来る話ではなくなっているんですよね。
しかも、中国・韓国の躍進に推しに押されている時代なので、あくまでそれにいかに対抗するのかという、仕掛けるのではなく、リアクションをしていくしかない話になってしまっているんです。
まあ、どうしても話がワールドワイドになってしまっている分、物語の都合上あまりに現実と乖離した話は書けないわけで、日本企業の勢いのなさがそのまま漫画に出てしまっているといったとこれですね。
ただ時代が悪かったといえど、島耕作が社長として有能であったかどうかは、正直ちょっと微妙な気がしました。
確かに長期的な視野に立っていたという点と、公明正大な態度という点では大いに評価が出来ると思いますが、いかんせん抜本的な改革が出来ていない、というか、そこにあまり気がついていなかったとうのは気になります。
例えば派遣切りに対して、今では間違っていたという結果がハッキリと出ているトリクルダウン理論を疑うことなく信じており、よりメスを入れなければいけないところを看過して派遣だけに詰め腹を切らしている点などは、今の時代から見れば、やはりこの人も組織の雇われ社長に過ぎないんだなというのが如実に表しているような気がします。
やっぱり団塊世代の経営者の一人だったというか、その域を出ていないというか。
まあ、社会情勢の行く末を見た上で後追いで書いているという点と、作者自身が団塊世代なので、どうしてもそのあたりの感覚を越えることが出来なかったんだなと思いました。
長期的な視点を持っていたのに、足元の改革については保守的な考えであったのは残念です。
まあ、役員の数を減らしたところは評価出来ますが、結局それくらいですからね。
今問題になっている少子化についてなんて、この頃のほとんどの経営者と同じく、気づいてすらならないですからね。
正直、中国・韓国に対するリアクションに頭が行きすぎているあまり、先を読む力がほとんどなくなってしまっているというのは、この頃の日本の経営者のリアルな姿かなと思ってしまいました。
そりゃ、国際競争で勝てるわけがないですね。
うーん。
やっぱり下の世代から見ると、やっぱりどうしても腹が立ってきてしまう。
部長編の後半あたりは面白かったんですけれどね。
島耕作に哲学がありそうで、ないんですよね、結局。
新しい何かを想像するというよりは、結局は組織の論理と、自分なりの美学しかない。
あと、社長編を見て、少し残念に思ったのが、政治色が一気に強くなっている点。
途中、これは自民党のプロパガンダじゃないかと思ってしまったところが何度もありました。
それと、これは今に始まったことじゃないですけれど、団塊世代特有の男尊女卑も気になります。
女性が大臣で登場しても、大抵はちょっと抜けた感じで、それを優秀な男性が裏でどうにかやっているという判を押したように何度も繰り返されるシチュエーションは、さすがに男のわたしですら、ちょっとウンザリしてしまいました。
フィリピンのローラの出し方なんかもね。
優秀な人だったはずなのに、結局は、他の国の大統領候補の妻という役割しか与えられていない。
あくまで、島耕作を助ける人でしかないんですよね。
ローラを大統領なり何なりにするやり方もあると思うんですが……。
大企業の偉い人になると、ちょっと漫画向きじゃないくなるってことはよくわかりました。
どうしても現実の世界とリンクしてないとリアリティがないですし、リンクすればするほど、政治臭が出てきたり、家父長制が目立ってきたりしてしまいますからね。