「法治の獣」 著 春暮 康一
「主観者」「法治の獣」「方舟は荒野をわたる」の三つの中編が収録されています。
どれも著者の豊富な生物学の知識によって書かれた作品で、この分野に興味がある人には堪らない話ですね。
徹底して生物学の観点から物語にアプローチしているので、そのこと自体がこの著者の猛烈な個性になっています。
三編とも一つの時間軸の中での話だそうですか、そのうち、最初の「主観者」と最後の「方舟は荒野をわたる」は、間に百年ほどの時の差があるものの、同じテーマで書かれたものです。
どちらも基本的な話としては、宇宙の星々に植民地を求める人類の調査隊が未知なる生物に遭遇し、その生物に知性が備わっているのかどうかを探っていくという話になります。
面白いのが、そこに出てくるのが、わかりやすくコンタクトがとれそうなものではなく、見た感じ原生の生き物だという点です。
原生の生き物であるが故に、地球人との接触による影響が大きいという、そこに着目しているところに、猛烈にこの作家の姿勢というかモチベーションを感じます。
「主観者」で問題提起を図り、「方舟は荒野をわたる」で、しっかりとその問題提起を回収しているところが、しっかりとテーマに向き合っていると感じられ、とても面白く、好感が持てました。
表題となっている「法治の獣」は、ほかの2作品よりさらに進んだ未来の話ですが、こっちは話の組み立て方の発想が面白いです。
獣の自然法に人間が倣うというアイデアには、かなり惹きつけられました。
生物学的な見地からこういう物語も作れるのかと。
単に生物を生かす、殺すだけではなく、人も含めて、どう社会を育んでいくべきなのかがテーマとしてしっかりと語られていると思いました。
ただ主人公が結局どういう社会を望んでいるのか、それが示唆されていなかった点だけには、ちょっと物足りなさを感じます。
極端な例として挙げられている、新自由主義的な考えや共産主義的な考え(数百年後の世界では、さすがに共産主義という言葉は死語になっていると思うのですが…)に依らなくてもいいのですが、主人公なりの政治や社会についての考え方と言うか、そういったものが知りたかったです。
何か、研究を静かにしていたいのは、わかるのですが、それだといわゆるノンポリと言われてもしょうがないわけで、科学者の立場なりの、社会との向き合い方みたいなものが、うるさくならない程度に、もっと示唆されていると、読後感がもう少し違ったのかなと思います。
ただ三作品とも外れなく、面白かったです。
生物学メインのSFが今度どう進化していくのか、今後が楽しみです。