「ラフ」 著 あだち充

「ラフ」
著 あだち充

「タッチ」や「H2」などが有名なあだち充さんの話ですが、この作品はなかなか隠れた名作だと思います。
野球ではなく、水泳を題材にしていますが、あだちさんらしく、ラブコメが主題なので、背景として描かれているスポーツが野球だろうが水泳だろうがあまり変わりはありません。
この作品が数あるあだち作品の中でも特徴的なのは、主人公とヒロインが険悪なところからスタートするという点です。
「クロスゲーム」でも確かに主人公とのちにヒロインになるあおばとの仲はあまり良くなかったですが、あの場合、わかばの死というものがあり、わかばへの後ろめたさによって、お互いに嫌いじゃないんだけれど、ついつい反発してしまうというのがテーマでした。
なので、どちらかといえば「タッチ」の発展型といった方がいいでしょう。
しかし本作の場合は、のちに2人が物心がつく前には仲が良かったことが判明しますが、最初からいがみ合っており、特に亜美は圭介を仇のような存在と考えています。
これだけ主人公とヒロインの関係がマイナスからスタートするのは、あだち漫画において珍しいですね。
そしてその二人の関係がどう変わっていくかがこの漫画の肝になっているんですね。

なのは、時に大きな出来事があるわけでもなく、二人の関係が時間をかけて少しずつ変化していく点。
しかもそれが非常に自然な形で変化していくので、見ている方もまったく違和感を覚えるわけでもなく、いつしか二人のことを応援しているんですよね。
このあたりの話の持って行き方は、あだちさんの真骨頂で、ドラマツルギー的には、簡単なようでかなり難しいやり方です。
これをあっさりとやってのけているところに、あだちさんの個性と凄みがあると思います。

それともう一つ本作で目を見張ったのは、主人公の圭介のライバルとなっていく、仲西弘樹の描き方。
「タッチ」でいうところの新田のポジションにあたる人なんですが、大抵このポジションにいる人は、色んな意味でスマートなんですよね。
言い換えれば、カッコ良く非の打ち所がないけれど、その完璧さゆえに人間臭さが見えてこない。
でも、本作では、仲西にあえて試練を課すことによって、彼の別の一面を見せています。
これは結構重要で、ここで仲西を人間臭く描くことで、物語が意外な方向に向かい、さらに深みを増していくんですよね。
そう言う意味では、「タッチ」を進化させた形であったといえると思います。

単純にとても楽しめた作品でした。
もっと知ってもらいたい作品ですね。