「宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短編コレクション 上」
著 松本清張
宮部みゆきさんが松本清張先生の傑作短編を選んでまとめているという、ファンにとってはこの上ない文庫シリーズです。
しかも、上・中・下と三巻もあるので、贅沢ですね。
今回はまず上巻です。
収録されている作品は、
「或る「小倉日記」伝」
「恐喝者」
「一年半待て」
「地方紙を買う女」
「理外の理」
「削除の復元」
「捜査圏外の条件」
「真贋の森」
「昭和史発掘———二・二六事件」
「追放とレッドパージ———「日本の黒い霧」より」
の10編です。
もう一度言いますが、贅沢ですね。
全部読み終えて思うのは、ひと口に松本清張作品といっても非常に多岐にわたっているという点です。
純文学に近いものから、バリバリの推理小説、それに歴史小説と、本当に同じ作家が書いたのかと思うほど、バラエティに富んでおり、しかもどれもそのどれもが面白いので驚くほかありません。
一つずつ簡単に見ていくと、「或る「小倉日記伝」は森鴎外の小倉にいたときの日記に焦点を当てた話ですが、失われた日記を補填しようとしている障害を持った青年を物語の中心に据えて描いているのが非常に面白いですね。この作品で芥川賞を受賞しているのですが、確かにこれだけみると純文学として扱うことが出来ますね。
「恐喝者」「一年半待て」「地方紙を買う女」「捜査圏外の条件」は、わかりやすいミステリーです。
話の運び方やオチのつけ方がちょっと星新一っぽくもあり、単純にストーリーとして楽しめる作品でした。
どれも視点が面白く、独特なのですが、個人的には「地方紙を買う女」の話が面白かったですね。
「理外の理」や「削除の復元」「真贋の森」は、絵画や文学などの知識を使った物語です。
単純なミステリーだけでなく、こうした知識をフル活用して物語を編むことが出来るところに、松本清張のすごみがありますね。
ラストの二編は、歴史ものです。
歴史好きにはたまらない話ですが、まだまだ戦後から間もない時代に、これを書いているのはすごいですね。
そして、大作家がこうした作品を残してくれていることに、歴史的な意義を感じます。
この時点で、これだけ取材して書いておかなければ、歴史の闇に埋もれていたこともたくさんありますからね。
うーん、やはりすごいです。
いいものを選んでいるとはいえ、これだけ続けて読んでも、あの手この手で書かれている作品ばかりなので、まったく飽きません。
そして、その一つ一つに、社会に対する鋭い視線みたいなものを感じさせるのが、なおすごいところです。
うまいミステリー作家や、面白い歴史作家はたくさんいますが、そこにこれだけの社会性を帯びさせることが出来る作家は稀有ですね。
同じようなタイプの宮部先生が編集しているというのも非常に興味深いです。
ああ、中・下巻が楽しみ。