「黒猫の遊歩あるいは美学講義」
著 森晶麿
アガサ・クリスティー賞の第一回の受賞作品ですが、面白いです。
新人作家のレベルじゃないです。
ミステリーというと血なまぐさい殺人などを思い浮かべてしまう人がが多いと思いますが、この作品は血なまぐさい殺人などなくても至極なミステリーが成り立つのだということを証明しています。
日常の中で人々の想いによって積み重ねられた事実が他人には突然謎に見えるものなんですが、このささやかな謎を黒猫がエレガントに解き明かして行くのですよね。
注目するべきは黒猫の圧倒的な知識量。
作品を通じてエドガー・アラン・ポーの作品がモチーフとなっていますが、それだけじゃなく様々な芸術や文芸、哲学などの知識を糧として、黒猫はまるでパズルを解くかのように謎を解き明かして行きます。
通常このような主人公は鼻についてしまうんですけれどもね。
そこをうまくさじ加減している。
黒猫の付き人であり、主人公でもある女の子のキャラクターが絶妙なんですよね。
物語として黒猫が目立つのですが、実はこの物語において最も重要な役割をしているのがこの主人公の地味でありながらもほどよいユーモアを持った性格づけにあるように思えます。
ホームズにおけるワトソンさながらの会話の上手い受け手でありながら、黒猫に対して信頼とともにほのかに寄せる愛情が垣間見え、そうした人間臭さが、黒猫の超越性を緩和させているんですよね。
こういうキャラって一歩間違えればただの狂言回しになりやすく、実は描くのが非常に難しいんです。
まあ、そこを最も簡単にやってのけてしまうところがこの作家の凄みであり、個性であると思うのですが。
物語を衝撃的な事件や展開などでうごかすのではなく、あくまで黒猫と付き人である主人公の二人の会話だけで進めるというのは、よっぽと知識の量もそうですし、知識の魅せ方をわかっていないと出きません。
しかも無理に長編にするのではなく、短編の連作にするというやり方も自分の作品の在り方をよく分かっているなぁと思いました。
6つの短編が並ぶ中で既視感を一つも感じさせず、それでいて作品の世界観というか空気感を変えていないというのは、単純にすごいですね。
日本にもこんな上質のミステリーがあったんだなと思いました。