「食権力の現代史 ナチス「飢餓計画」とその水脈」
著 藤原辰史
食権力という一般的には耳慣れない言葉ですが、この本を読むといかに力のある国々がこの権力を使うことで世界を支配しているのかということを理解出来ます。
食権力とはようするに食を与える、与えない権力を持つことで、力の弱い国を弱らせ、逆にその権力を持つ国を肥えさせるという仕組みです。
もちろん古くからあるものではあるのですが、この本ではその食権力を大いに使った例としてナチスドイツの例をまず挙げています。
ナチスドイツの食権力の行使を語るには、まず話を遡って第一次世界大戦の当時の状況を知る必要があります。
第一次世界大戦とは、イギリス、フランス、ロシアの三国協商を中心と連合国とドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国を中心とした中央同盟国との戦いですが、結果はご存知の通り中央同盟国の敗北で終わります。
あまりよく知られていないのですが、このときドイツは決して戦いそのものでは引けを取っていなかったんですよね。
それよりもドイツはとにかく飢えていた。だから戦争に負けたといっても過言ではないのです。
では、なぜドイツが飢えていたのかというと、当時ドイツはアメリカ大陸からの輸入に頼っていたんですよね。
それに目を付けたイギリスが海上封鎖をし、ドイツが食糧を輸入できないようにしたんです。
さらにドイツはヨーロッパの穀倉地帯であるウクライナからの輸入も黒海が封鎖されていたためにほとんど出来なかった。
だからこそ、ドイツは飢えて敗けたんです。
まあ、こうして考えてみると、まず食権力を大きく振るったのはイギリスなのですが、ドイツはこれで食権力を持つことの重要性を痛いほど理解したんですよね。
そして第二次世界大戦が開戦されるに及んで、まずこの食権力の確保に走った訳です。
まず目を付けたのはウクライナです。
当時ソ連の占領下にあったウクライナはナチスの侵攻を歓迎しますが、すぐにナチスが味方ではないことに気づくことになります。
ナチスはウクライナの豊かな穀物をドイツ人に食べさせるためにほとんど奪っていったんですよね。
そしてポーランドの農地を奪い、そこに住んでいた人々を追い出して、帰国して来たドイツ系の住民たちにそのまま分け与えていきます。
それだけではありません。
ナチスは占領下したソ連の町を封鎖することで飢えさせ、さらに捕虜となったソ連兵を飢えさせます。
ナチスの飢餓計画によるソ連兵捕虜の餓死者は300万人と言われています。
またレニングラードだけでも100万人もの市民が餓死しました。
そしてナチスの食権力による蛮行はこれだけではありません。
当然それはユダヤ人にも向けられます。
ナチスがそもそもユダヤ人をターゲットにした理由の一つがユダヤ商人こそが当時のヨーロッパにおいて食権力を握っていたからであり、これを力によって奪い取る必要があったからです。
ナチスはまずゲットーを築きその中にユダヤ人を押し込めることで飢えさせます。
ユダヤ人はそれに対して、闇市を通してどうにか生き延びようとしますが、その結果闇市が栄えることとなり、食権力を行使したいナチスにとっては、この闇市というものが大いに邪魔になってきます。
その結果、ナチスが取った行動がもはや誰でもが知っている通りのホロコーストです。
もう飢餓計画なんて回りくどいことをしないで絶滅させてやろうと思ったわけですね。
わたしたちはホロコーストの悲惨さに目を奪われ、その表層的な部分だけをことさら強調しがちです。
もちろんホロコーストそのものは最悪の出来事で、ナチスが悪い以外にないのですが、その成り立ちの裏にナチスによる食権力の行使があったことは理解しなければいけないんのだとこの本を読んで大いに思いました。
またこの食権力という観点から考えると、ウクライナ戦争を考える際にも、なぜ皆がこぞってウクライナを手に入れたいのかがわかりますし、ナチスによって何百万人もの人々を餓死させられたロシアの恨みと恐れもわかります。
これも侵攻したロシアの側に問題があることは明白なのですが、それに至る「なぜ?」はもっと多角的な観点から考える必要があると思いました。
そしてこの本でも触れていますが、ナチスによる飢餓計画は、そのままイスラエルによるガザへの飢餓計画にそのまま受け継がれています。
どうしてもホロコーストに焦点がおかれがちなのですが、ナチスによるユダヤ人への暴力のもとには飢餓計画があったことは忘れてはならないことであり、そしてユダヤ人国家であるイスラエルは、その重要性を多分に理解したのです。
目に見える暴力とは違って、飢餓による支配は気づきにくく、国際世論も盛り上がりません。
そのことを身をもってよく知っているイスラエルは、その力を大いに利用しているわけなのです。
そう、それはかつてイギリスによって行使されたことを、ナチスがそのまま行使したのと同じように。
そしてこの食権力の行使と言うものは、ナチスやイスラエルだけの問題ではありません。
力のある国が巨大流通企業と手を組んで、世界の食料の配分に大きな偏りを与えてます。
もちろんそれは日本も例外ではないのです。
そもそも日本も戦争中に占領地域や戦地において食権力を行使していましたし、豊かな国となった今もその豊かさでもって、食権力を弱い国に対して行使しています。
目に見えることだけが政治であり、経済であると思われがちですが、食という観点から世界の不平等を考えることがいかに大切なのかということがよくわかりました。
後ろめたくもあり、憂鬱にもなりますが、食権力というものについては、もっとフォーカスしていかなければなりませんね。