保育園のブラック化は他人ごとじゃない。社会に蔓延している搾取の仕組み

保育園の“ブラック経営” 税金かすめとり、社長の口癖は「保育士は消耗品」

待機児童に対応するべく保育園の条件を緩和して保育園をたくさん作った結果、一部でブラック化しています。
問題は、人件費として自治体から貰ったお金は、人件費として使わなけらばならないという条件が緩和されてしまった点です。
これによって、保育園を経営する側からすれば、保育士の給料をピンハネすればするほど儲けが出るという仕組みになり、そのことに気が付いた金儲けしか考えない輩が保育園運営を自分が儲けることが出来るビジネスチャンスを捉えて、保育園を大量に作ったことです。
これは個人の経営者だけではありません。
保育園事業に参入した大手企業も、本来なら保育士の給与や設備投資に使われるべきお金を出来る限りピンハネをすることで利益を得ようとしているところはあります。
ていうか、このこうした例って、保育園に始まったことじゃないんですよね。
そもそも請負業者や派遣業者などの中で目立つ悪徳業者は、とにかく人件費を抑えることで経営側が儲かるような仕組みを作ろうとするんです。
結果、泣きを見るのは、そこで働く人であったり、サービスを受ける人であったりするんです。
でも、たとえばそこで働く人、特に若い人なんかの場合は、社会経験の無さゆえにブラック化した状態が社会の普通だと思い込んでしまい、頑張ってしまうのです。
さらにはそこで働く人に、自分が抜ければどうなるのか、サービスを受ける人たちが困るのではないか、とモラルを問わせることでそうやって身を粉にして働くのが当たり前のことだと思わせていくんですよね。
しかも最近では、ワークシェアリングだのジョブローテションだのといって、一人に複数の仕事を過剰に持たせようとしています。
もちろん、ワークシェアリングやジョブローテーション自体が悪いわけではありません。これらを導入することで、前者については有給が互いに取りやすくなったり、子育てや介護をしている社員にとっては助かる制度ですし、後者は、幹部候補生などをゼネラリストに育てるためには有用でしょう。
ただキチンと明確な目的を持って、働く社員のためにこれらの制度を使うことと、社員に出来る限り複数の仕事を持たせることで、経営側がその分の浮いた利益を儲けようというのは全然違います。

バブル崩壊後、この国の会社の多くは明らかに人件費を削ることで生き延びてきました。
その結果、経済格差が広がり、日本人の給与だけがこの三十年で他の先進国に比べて据え置かれたままです。
間違いなく、この人件費を出来る限り削ろうという感覚が生産性の悪さと社会の停滞を招いているわけですね。
しかもそれが自己責任の名のもとに、高い給料をもらえない人たちがすべて悪いことにされて切り捨てられているんです。そもそも構造的な問題にはまったく目が向けられずにに。そして、そもそもほとんど上がらない給料のままに、多くの人がとにかく仕事量だけを増やせと反抗できないような形に追い込まれた上に追い詰められているんですね。

そろそろみんなが気が付いた方がいいです。
人件費を減らすばっかりのやり方を繰り返しても、ただうまく搾取する側に立った人たちだけが潤うだけで、社会全体は地盤沈下していくしかないんですよ。
しかも、上手く搾取する側に立った人たちは、悪びれる様子もなく、ただ自分たちが儲けているのは既得権益だとしか思っていないんですから。
これは誰かの問題ではありません。
自分の問題なのです。そして、自分たちが動かなければ、子や孫の代になってもこの不文律は続きます。
日本はとっくに格差社会に突入しているんです。下の世界からは上の世界の狡さがもはや見えにくくなって、わかりにくなってしまっているんです。

まずこの構造を変えようとする政治家に投票をしましょう。
この問題が表に出ず、社会とはそういうものだという空気そのものを作り出している人たちにNOを突きつけるにはそれしかないです。
そして、政治家たちに既得権益を守らせるのではなく、富がある程度分配するような構造改革をさせなくてはいけません。
それに舵を切らないと選挙に落ちるぞ、くらいに声が上がらないと変わるものも変わらないんです。

まず自分たちの職場を見ていましょう。
そこに誰かが楽をしても受けている人がいないかを捜しましょう。
そして、自分一人では何もできないと諦めるのではなく、これは自分自身の問題であることを自覚しましょう。
何度でも言いますが、一生懸命働いている人が少しのお金しかもらえず、楽して仕事をしているフリをしている人が高収入であることが当たり前である社会は、社会そのものをダメなものにしていくばかりなのです。