「囚われし者たちの国 政界の刑務所に正義を訪ねて」
著 バズ・ドライシンガー
これはすごいルポタージュでした。刑務所から大学へのパイプラインというプログラムをアメリカで立ち上げた大学教授の著書なのですが、刑務所で教えるうちに、刑務所の在り方、司法の在り方を大きな視点で問い直したいという動機で世界中の刑務所を訪ねた歩いた記録です。
わたしたちの社会には、当たり前のように刑務所があり、悪いことをしたら刑務所に入れられるというのを常識として知っています。
でも、この本を読むとそんな常識が完全に吹っ飛び、刑務所の存在云々だけでなく、正義の在り方そのものを自問自答せざるを得なくなってきますね。
刑務所そのものは古の時代から世界中にありましたが、今のような刑務所の形を作ったのはアメリカです。そして、そのアメリカモデルが世界中に広がっているわけですが、こんなにも場所が違うだけで刑務所の在り方も、社会に対する受刑者への態度も違うものなのだと本を読み進めるたびに驚かせれます。
著者が訪ねた刑務所の一覧を訪ねた順にあげると、
ルワンダ・・・ジェノサイドの生き残りと共にジェノサイドの加害者を訪ねる。
南アフリカ・・・とんでもない格差社会とアパルトヘイトの爪痕の中で「修復的司法」のさらなる可能性を探る。
ウガンダ・・・重警備刑務所で文章創作講座を開設する。
ジャマイカ・・・獄中音楽を取材し、刑務所における芸術の役割を探る。
タイ・・・女子刑務所で演劇療法のクラスを開く。
ブラジル・・・アメリカが輸出した独房監禁の実態を知る。
オーストラリア・・・民間刑務所産業の実態を知る。
シンガポール・・・政府による社会復帰支援事業の背景を探る。
ノルウェー・・・アメリカと対照的な開放型刑務所を訪ねる。
とざっとこんな感じです。
大陸を越えて様々な場所に行っていますが、本当に同じ刑務所でもここまで違うのかと驚きです。
アメリカに住む著者が疑問に思っている出発点はアメリカの刑務所在り方と社会に対する受刑者の扱いです。
これは世界を通して言えることですが、そもそも犯罪を犯す要因として圧倒的にあげられるのが貧困です。つまり、そもそも教育を受けられない、盗まないと生きていけないというところからほとんどの犯罪が始まっています。
そこに国によっては人種差別などが加わり、また安くてきつい単純労働や肉体労働を囚人に担わせるという古くから行われている経済的な理由がさらに加わります。
つまりフーコーの「権力の檻」の話ですね。
権力を維持するために、そして格差を維持するためには、犠牲が必要でそのための装置として刑務所があり、受刑者が一定数必要だという話です。
しかもさらにやっかいなのが民主主義の悪い面がこうした刑務所や受刑者の在り方に一役買っているという点です。
たとえば、凶悪な事件の犯人が捕まったとすると民衆は怒り、過重な懲罰を求めます。
安穏な生活を送る中産階級以上の人たちは、治安の悪化を招くスラム街の住民をことあるごとに隔離することを望みます。
政治家たちは、こうした声に応えないと選挙に落ちてしまうことがわかっているので、言われるがままにどんどんと法を犯した人間たちを刑務所に送り、必要以上に長い期間そこに閉じ込めておくことにします。
それが民衆が望むことで、それで自分の身が安泰であるならば、それが正義だという話になってしまうのです。
もちろん刑務所に送られるほどの犯罪をする人間が悪いことは確かです。
でも、多くの犯罪がそもそもが社会の不平等制度に根を下ろしているという事実があり、また人種になどの差別に根付いた司法判断も多く、もっと言えば、ここ数十年では軽微な罪でもとにかく長い期間刑務所に刑務所に入れるという、極端な懲罰主義がはびこっています。
そして、こうしたアメリカのやり方をそのまま輸入し、さらに環境の悪いものを作っているのが、著者が訪ねたブラジルであり、ウガンダです。
でも一方で、こうしたアメリカ発の懲罰主義に対して、異を唱えて少し違ったやり方を志向し始めている国もいくつかあります。
著者はその違いを探るために、世界中を飛び回るわけですが、それぞれの国の事情もあり、本当に様々です。
のっけから衝撃なのは、ジェノサイドの後のルワンダです。
集団として多くの加害者が刑務所に入れられているルワンダでは、いかに加害者を赦し、社会に迎え入れるのかという国ぐるみの政策の下に刑務所の在り方が設計されています。
また「修復的司法」つまり、被害者と向き合って、加害者に罪を認識させた上で、加害者の矯正を試みる手法を探っている南アフリカやその他さまざまな療法や制度を用いて、その国なりのアプローチをとっている国々が紹介されていきます。
もちろん、いい部分も悪い部分もそれぞれにあるし、問題は簡単に解決できないということを改めて思い知らせるのですが、ただ同じ刑務所でもこんなにもやり方が違い、やり方が違うことで結果も違うのだということに驚かされます。
そして、最後にノルウェー。
ここの刑務所や受刑者の在り方は、わたしたち一般的な日本人にとっても驚かさせることだと思います。
一言で言えば、受刑者も社会の一員であり、受刑者には懲罰ではなく、教育や治療が必要だということが社会として徹底されているんですね。
もちろん、ノルウェーは油田があり、経済的に豊かな上に、アメリカやブラジルのような人種の違いがさほどないという点はあります。
それにしても、単純に同じ世界で、こんな感覚なところがあるんだというのは驚きです。
もっとも象徴的な例としては、2011年にアンネシュ・ベーリング・ブレイビクによる銃乱射事件の顛末です。
爆破で8人、銃乱射で69人の尊い命をテロによって奪っているのですが、そんな彼に対する刑罰は21年の禁固刑。
ノルウェーには死刑制度がないのですが、日本なら当然死刑ですし、アメリカの死刑がない州でも人間の寿命をはるかに超えた禁固刑が言い渡されたと思います。
しかも、驚きなのはこれだけの死者が出た事件にもかかわらず、市民の中で憎しみと恐怖を煽るような動きがほとんどなく、市民のほとんどが寛容な司法判断を支持しているそうです。
もちろん犯罪者に対して以下に臨むかは色々な考え方があり、またそうであるべきだと思います。
実際に、いくら治療や矯正を試みたところで、塀の外に出てまた悪さをする人も一定数必ずいて、そしてまた被害者が生まれることも確かだからです。
でも、だからといって、リスクだけを考えて、とにかく悪い奴はどんどん放り込め、というのは乱暴ですし、やり方そのものものそうですし、そもそもなぜ犯罪者が生まれるのか、その原因である格差や貧困をどうにかすることを考えることも大事だと思います。
一般的に懲罰主義の濃い刑務所に受刑者を入れたところで、受刑者の再犯率は全然下がらず、むしろ上がるというデータがあります。
刑務所や受刑者というのは、ほとんどの人にとっては関係のない話なのかもしれませんが、それをどう扱うかでその国の在り方がわかる話でもあります。
この本は、そんなことを教えてくれるキッカケとなったとても素晴らしい本でした。
それにしても、ルポタージュとしての、この著者の筆致は見事ですね。
森達也さんとか思い起こさせる感じで、教授という職種にありがちな専門的過ぎたり、上から目線だったり、ということは一切なく、自分自身がいかに悩んでいるのか、そのことをブレずに伝えているのでとても感情移入出来る本でした。
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