「外国人の住民投票参加を認める」武蔵野市の住民投票条例案を考える。

外国人による乗っ取りはあるのか? 志茂田景樹氏の子息・大気市議が解説する武蔵野市の住民投票条例案

東京・武蔵野市の住民投票条例案に注目が集まっていますね。
これは、住民投票の投票資格者をこれまでの「同市の住民基本台帳に3か月以上記録されている満18歳以上の住民」に加えて、「外国籍の者も含める」という文言を加えようというものです。
現在、武蔵野市の議会では、自民党会派は反対しているものの、公明党の動きによっては可決される見通しであるとのこと。
そうした状況に対して、ネット上では「外国人に武蔵野市が乗っ取られる」「実質的な参政権ではないか」などとネットを中心に反対論が噴出しています。
さらに日本維新の会に所属する参議院議員の音喜多駿氏なども「憲法違反になるのではないか」と反対しています。

個人的にはこの条例の改正については賛成です。
なぜならば、単純に納税をしているのなら、政治への参加を認めるのは当たり前の話で、それを否定すること自体に論理性がないからです。
もちろん、何をどこまでで線を引くべきであるとか、国政と地方議会の違いをどう考えるべきかなど議論が必要な部分はたくさんあるとは思います。
ただ、基本的に税金を払って暮らしている以上は、その地域の政治に参加するのは当たり前の話なんですよね。

そうした原理原則の是非を議論せずに、こうした話に対する反対の声をあげるというのは、どうしても少し感情論になってしまっているのではないかなと思います。
おそらく、アメリカなどで中国系や韓国系の住民が選挙によって、自分たちの出自を持つ人を議員として送り込み、ロビー活動をしているような姿を見て(特にそういう場合は、日本がやり玉に挙げられることも多いので)、警戒を高めているのかと思うのですが。

まず前提として多様性の世界の中で、どんな外国人でも受け入れて、話し合うというのが筋であって、その上で外国人によってその自治体が困った状況に陥ってしまった場合は対処する、もしくはそういう状況にならないような工夫をするというのが取るべき道なのではないかと思います。
つまり、それほど高くない可能性ばかりを前面に押し出して、そもそもすべてを禁止する、話し合いにも乗せないというのは違うかと。
痴漢の冤罪論理などと同じですね。
冤罪が起きるかもしれないから、重罰にするべきではない。
というのは、論理的に破たんしています。
痴漢を殺人事件に置き換えて、冤罪が起きるかもしれないから、重罰にするべきではない、というのがおかしいのと一緒です。
一部の外国人が悪さをするかもしれないから、外国人に政治参加をさせないというのは、理屈が通らないんですよね。

それに、音喜多議員が言っているみたいに、そもそも憲法違反じゃないかっていう人もいますが、これもちょっと違うと思います。
まず参政権には『地方参政権』と『国政参政権』が存在します。
憲法で国民固有の権利として定めているのは後者だけであり、地方参政権を永住外国人に認めることは憲法違反に該当しないので、各種法律内で対応するようにという最高裁判決が存在しているわけですよね。
つまり、国政は国民のためのものであるけれど、地方政治は国民ではなくそこに住む住民(外国人も含めて)というのが司法の見解なのですから、今回の武蔵野市の話はそもそも憲法には関係のない話なんです。
こじつけていえば、外国人を含むという点において、それをどこまで広げて考えるかという部分はありますが、それはその部分だけを議論して詰めればいいだけの話で、そこに「憲法」を持ち出し、さらに「憲法に違反する可能性がある」といかにも言い含んだ言い方をすることで話を大きくして、その主張を大きく見せようというのは、ちょっとやり方としてズルいのではないかと思います。

普段生活をしていて身近に感じることは少ないかもしれませんが、少子高齢化は猛スピードで進んでいます。
憲法改正より何より、喫緊の問題はこれであり、ここをどうにかしない限り日本に未来はありません。
国の規模を小さくしてダウンサイジングしていくしかないのです。

それなのに、この国は子育てに対しては、未だに自己責任論が強く、10万円の支援金でネットが炎上する始末です。
これでは、子どもをもっと産みたいという人が出てくるわけありません。
また氷河期世代を作り、非正規雇用を固定化している今、結婚する人、出来る人も減って来るでしょう。
つまり、もはや日本人は、日本人だけで人口を増やすことが出来なくなっているんです。

そういう状況下で、日本が国の規模を現状維持したいのなら、それはアメリカと同じように移民を受け入れるしか道はありません。
でも、高飛車にきつい仕事や下働きをだけをさせて、その上で政治にすら参加させなければ、誰も好き好んでこの国に来ようとは思わなくなりますよ。
これまでは、まだお金があったから来たんです。
でも、今後の日本はジリ貧です。
しかも、今後途上国が発展し、少子化が進めば、世界単位で人口が減って来るので、そもそも移民を望む人すらも減って来る可能性もあります。

外国人。というと、日本人はすぐに治安が悪化するとか、怖いとか言います。
でも、多くの国で、移民によって治安が悪化しているのは、移民に対して、対等に扱わず、よそ者扱いをするからです。
ちゃんと対等に扱い、仲間として受け入れれば、ワルぶる必要もなくなるわけですから、多くはちゃんと日本のために真面目に働いてくれるはずです。

第一、日本人がちゃんとしていて、外国人がちゃんとしていないというのは、日本人がそう思いたいだけの幻想ですよ。
外国人でもちゃんとしている人はたくさんいますし、日本人でもちゃんとしていない人はたくさんいます。
人間性は、人種とは関係ありません。

まあ、そもそも今回の武蔵野市の話は、参政権の話をしているのではなく、住民投票に参加が出来るかどうかの話です。
住民投票には、法的拘束力はないので、一部の人が言っているように、町が乗っ取られるようなことはまずありません。
おそらく、そうしたこともわからずに、ただ「外国人」だから反対、というのは、ただの排外主義に過ぎないと思います。

感情論よりも、まずはその法律が何を意味していて、実際にどういう影響があるのかと言うことをキチンと考えるべきですね。
それによって出て来る問題は、そうした問題を起こさないような仕組みを作ればいいだけで、全部ダメというのは、もはや思考停止をしているか、厳しい現実から目を逸らしているだけなのではないでしょうか。