「第9地区」

「第9地区」
2009年公開/アメリカ、南アフリカ、ニュージーランド

予想以上に面白い映画でした。アイデアの良さと映画作りに対するセンスの良さを十分に感じる映画だと思います。ただのエンターテイメントではなくて、しっかりとテーマを、しかも皮肉をこめて作っているのにはかなり感心しました。
設定がまず面白いですね。20年前になぜかニューヨークやシカゴではなく、南アフリカのヨハネスブルグにやってきた巨大宇宙船(この時点でハリウッドへの風刺)。その中には何十万ものエイリアンたちがいるのですが、しかし面白いのが彼らは人間を襲うのでもなく、栄養失調に陥っていて、南アフリカに国を挙げて保護されているんですよね。でも第9地区に隔離されたエイリアンたちはやりたい放題で、第9地区は次第にスラム化していき、人間たちと対立しているって、、、
勘のいい人ならこの最初の設定の時点でものすごい皮肉に気がつくと思います。重要なのは、ニューヨークやシカゴではなく、ヨハネスブルグでこの事態が起こっていること。そう、実はこれって南アフリカのアパルトヘイトの風刺になっているんですよね。白人が黒人に、っていう構図が、人間がエイリアンに、っていう構図に変わっているだけで、その構図の時点でSF映画にも関わらずテーマがハッキリとしています。差別とはなんだっていう。
それでエイリアンたちの造型が気持ち悪いだけあって、最初はどうやっても人間の視点でどうしても見てしまうのですが、そんな気持ちは主人公のヴィガンも同じで、エイリアンたちを生き物としてみておらず、どう処理するかしか考えていません。でも彼自身が秘密の液体に接触し、感染したことから物語の様相が大幅に変わっていってしまうんですよね。
ようするにヴィガンが人間からエイリアンに変わり始めることで、物語自体の見方が変わってくるのですが、ここらへんは「ザ・フライ」などの変身もののホラー映画の手法に共通していると思います。ヴィガンはハッキリ言って嫌な奴だけれど、いつの間にかだんだんと同情していき、いつの間にか観客たちは感情移入して見ちゃっているのです。ここらへんの感情の変遷の描き方はとても巧みで、容姿が酷くなっていくにもかかわらず、皮肉にもヴィガンは人間性を取り戻していくのが非常によく伝わってきます。
そして話のキーとして非常によく出来たアイデアなのがエイリアンの武器はエイリアンしか扱えないというカセね。ここでそれを扱えるようになったヴィガンの経済的価値が高まり、人間たちは彼に醜く群がり、それを欲するようになります。そして人間がエイリアン相手に行っているおぞましい実験を見た後、人間のほうが酷い生き物に見えてきて、あれだけ気色の悪かったエイリアン側のキーパーソンであるクリストファーがすごくいい奴に思えてきたり、その息子が不思議と可愛く思えてくるんですよね。
何たる皮肉かと思わせる演出ですね、ホントに。まあ、どうしてエイリアンたちはあれほどの武器が使えるのにそれを使って人間を制圧しようとか、せめてそれでキャットフードを手に入れようと考えないのかとか。ほかにもあれだけ高度なものをもっているのに、クリストファーとその友人以外はおそろしいほど低知能で、その差なんなのかとか、そもそも何があって彼らはこんな事態になってしまったのかとか、おかしな点やわからないことが結構たくさんあって、もう少し説明があってもいいなとは思ったけれど、そういう荒さはあるものの、そんなことをどうでも思わせてくれるほどの勢いと面白さがあります。久々に食い入るように見たSF映画でした。
それにしてもそもそもこの監督、あまりに自主制作で作った短編が面白かったから大抜擢された人らしいけれど、一体どんなことを考える人なのか。他の作品をものすごい期待してしまいますね。