「三体Ⅱ 黒暗森林」
著 劉慈欣
単純に読み物としてとても面白かったです。どんどん読み進めることが出来ました。天文学や物理学の知識がふんだんに使われていますが、物語そのものが分かりやすく、しっかりと編み込まれているので理系の人じゃなくても十分に楽しめる本だと思います。
あとがきにも書いてありますが、この作者のいいところは、二項対立をわかりやすく提示し、それを物語の中でうまく使っていくところです。これによって難しい理系の話が無理なく頭に入るようになり、どんどんと読み進められる本になっているわけですね。この二項対立の上手な使い方だけでも、このシリーズが世界的に大ヒットになったわけがよくわかります。エンターテイメントの作品としては確かに一流だと思います。
ただその反面で二項対立を大体的に使うのは、色々と危うさを感じさせるのも事実です。まず二項対立で描くということは、大抵は正義と悪に別れてしまい、下手をすれば勧善懲悪に陥りやすい危険をはらんでいます。まあ、小説や映画がどんどんとエンターテイメント化されていったときから、これはいわれてきたことなのですが、人間の精神構造上、勧善懲悪というのはとても受け入れやすいんですよね。単純にカタルシスも感じやすいし、何となくテーマもあるような気にもなってしまう。
でも安易に正義が悪かという話になってしまうと、悪は悪でしかなく、その対象は憎悪の対象にしかなりません。
古い西部劇に出て来るインディアンや戦争映画におけるナチスや日本帝国などがそのいい例でしょう。
そうすると、インディアンからしてみれば侵略者は開拓者の方にあるはずなのにという話にもなるし、ナチスや日本軍が悪いのはわけるけれど、じゃあ、アメリカやイギリスが絶対正義なのか?という話になってしまうんです。
もちろん、描かれた正義の側に所属する人からすると、その物語は心地いいものになりますが、逆の立場からするとそれは釈然としない話というものになってしまうんです。
もちろんこの「三体」というシリーズは、そういった単純な勧善懲悪という話にはなっておらず、むしろ未知なる宇宙人にどう対処していくのか、その中で起こる人間間の対立や考え方の違い、時代性の違いなどを明示して読ませてくれます。
面壁者というアイデアで物語の中だけでなく、読み手までをも騙していく筆致は見事としか言いようがないです。
ただ物語があまりに二項対立の枠組みの中でしか動いていないが故に、結局は黒か白かという理系的な物語の解決の仕方をもってでしか物語をまとめられなかったのはちょっと残念な点でした。
女性像の描き方を始めとしてもうちょっと深く立体的に描ける部分があったようにも思えます。まあ、ただでさえ相当完成度が高い作品なので、贅沢な悩みと言えばそうなのですが。
あと、第一作の時にも思いましたが、作品から中国の当局のことをすごく気にしているのが良く伝わってきました。そもそも睨まれたら出版できないと思うので、しょうがないといえばしょうがないのですが、どうにか出来ないものなんですかね。
話の内容的に、中国共産党という文字がまるで出て来ず、民主主義についてもほとんど語られないのは、どうしても違和感を覚えてしまいます。
中国の作品なので、話が地球防衛の話になっても、あくまで中国が話の中心になってしまっているのはしょうがないにしても、実際に今の中国と世界の関係を知っているとね、どうしてもここで描かれる近未来像に釈然としない何かを感じてしまいます。
まあ、そういったものも含めて、中国製のSFといえば、それまでなのでしょうけれども。