「歪んだ正義 「普通の人」がなぜ過激化するのか」 著 大治朋子

「歪んだ正義 「普通の人」がなぜ過激化するのか」 
著 大治朋子

非常に興味深い本でした。
著者は毎日新聞の記者なんですけれど、特派員としてイスラエルや中東地域を取材している人で、休職をしてテルアビブの大学院で危機・トラウマ学を勉強した人です。
組織に属することなく、単独でテロを起こす人(いわゆるローンウルフ)が日常的に多い、パレスチナ・イスラエルの地区において、彼らローンウルフがどうしてテロを行うのかを丹念に調べ上げています。
まず一つの事実として9.11以前はテロと言えば、基本的には組織だって行われているのですが、9.11以降はローンウルフによる犯行が多くなっています。
これは日本も例外ではなく、記憶の新しいところでは、京アニの事件や秋葉原の事件が思い当ります。
では、彼らはなぜ犯行に及んだのか? なぜ彼らが犯行に及んだのか?

本の中ではテロの犯人がいかにしてテロを起こす気になったのかその精神的なメカニズムを解き明かしていきます。
そしてそれらが特別な人でなく、普通な人であり、誰もがテロを起こす可能性があるということをこの本は教えてくれるのです。

個人的には、トラウマを負った人ほど、自分の内部を正義とし、外世界を悪であるという認識に陥りやすいという話にハッとさせられました。
虐待をされた人が、自分の子どもに虐待をしてしまう可能性が高いという話はよく聞く話ですが、そこまで分かりやすい話じゃなくても、いじめを受けた人が、より弱いものを虐めるとか、何かあちこちである話で、自分にもきっとそういうところがあるかもと思わせる話ですよね。
実際に、ネットの中で広がる誹謗中傷の嵐なんて、まさにこの理屈が成り立っているところでもあり、こうした自分が正義で、他が悪という理屈が本人の中では自明のこととなってしまうわけなんですよね。
当然、そこには自らが都合のいい情報ばかりをネットで集めたり、自分にとって都合のいいナラティブを作り上げていったりと、過激化していく要素もふんだんにあるわけで、その結果、その人を止めるリソースが何もなく、逆にその人の背中を押してしまう大きなトリガー(キッカケ)があれば、その人はテロへと突っ走ってしまうわけです。

問題は、じゃあ、どうすればいいのか?という話ですね。
テロを起こすような人間を作らない社会を作り出すことが一番なのですが、なかなかそう簡単にはいかないんですよね。
パレスチナのように歴史的・地域的にそうした人々を生みやすい土壌がある場所では最初からハードルがかなり高いですし、日本などの先進国を見てみても、経済格差が広がり、人びとの承認要求が高まっている社会ではますますこうした問題を根本的にどうにかしようという解決策は見当たりません。

でもどうにかしなくちゃならない。

この著者はジャーナリストとしてとにかく疑問に思うことを追求することで、自分の役割を果たそうとしています。
コロナ禍や政治への忖度等でメディアには幻滅することが多い今日この頃ですが、日本人にもこういう本物のジャーナリストはまだまだいるんだなと、何だか読み終わった後にちょっとだけ安心してしまいました。