「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」 著 デヴィット・グレーバー

「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」
著 デヴィット・グレーバー

とても興味深い本でした。ブルシット・ジョブとは、本の題名通りに「クソどうでもいい仕事」つまり、世の中にみんな存在していることは知っていても、特に口には出されないようなあってもなくてもいい仕事という意味です。

著者の造語ですが、最近では一般化してきているようです。そして本著では、まずブルシット・ジョブの定義づけから始まり、様々なインタビューからその実態に迫り、そしてそれがなぜ現れて増殖しているのか、その背景や影響が語られています。

ちなみに本著におけるブルシット・ジョブの定義としては、

:被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている。

ということです。

そしてその様々な例が示されているんですけど、そうですよね、そう言われてみれば自分の周りにそれっぽい仕事をしている人って確かにたくさんいますね。その人の労働時間全部がブルシットだとは思いませんが、少なくともブルシットな時間を多く過ごしている人はたくさんいます。そして本著でも語られているように多くの場合、そういう人に限って高収入で、下働きをしている人や現場で実務的な仕事をしている人の方が低賃金であくせく働いているんですよね。

個人的には、なぜそうしたブルシットな仕事が現れて増えているか、という説明として、現代が封建制度に似た経済体制だからという話が腑に落ちました。

説明すると、まずここ数十年の生産性ってうなぎ上りで増えているんですよね。でも、実際にその手で様々なものを生産している人たちやエッセンシャルワーカーの賃金はほとんど上がっていない。じゃあ、その生産性が増えた分の利潤はどこにいったのかという話になるんですけれども、分かりやすいところでは1%の超大富豪にいってます。でもそれだけじゃありません。答えはそう、不必要に増え続けている管理職の賃金に消えているんですね。

お金を独占する王様が一人で、あとは労働者だとしなら、王様は簡単に労働者たちに引き摺り下ろされてしまいます。でも王様がたくさんのお金でもって貴族や諸侯、そしてそれに連なる兵士を雇えば、王様の地位は安泰です。それが封建主義ですね。

そしてこの構図はそのまま現在にも当てはまると著者は言います。確かに仮に大企業の組織を考えてみれば分かりますね。経営者や大株主が王様として君臨し、本社所属の総合職の正社員が諸侯や貴族という地位に当てはまります。そしてそれにつらなる現場限定の正社員や契約社員、パート、派遣、さらにはグループ各社や請負企業などのサプライチェーン各社につらなる人たちが彼らを支える実質的な生産者、つまりは労働者ということになります。

そうした組織の形の上で、貴族という身分を与えられた本社所属の総合職の正社員は管理という名目で生産者たちよりもたくさんの給料をもらいます。そして安定した地位が与えられているがゆえに、今のこの経済封建制を支持し、民主主義の名において体制の維持の支えになるのです。そんなに管理者が必要でなくても、体制を維持するための人材としてそうした貴族的なポジションに知識人を多く置く必要があるんですね。たとえ彼らの仕事の多くがブルシット・ジョブであったとしても、彼らの存在自体が必要だという話なんです。

そしてそういった話から今起こっているアメリカの社会分断なども読み解けます。多くの人はなぜあんなにもトランプ大統領を支持する人がいるのか不思議に思っているでしょう。日本のトランプ主義者の大半は中国への恐怖心から中国に対して強硬に出るトランプじゃなければダメだという言っている人たちなのだと簡単に推察出来ます。でも、アメリカのトランプ主義者たちがなぜトランプ大統領を支持してるのかは、彼らなりの理由があるんですよね。ようするに彼らは、グローバル経済に舵を切っている経済封建制において貴族的なポジションに立っている人たちが憎いのです。トランプ主義者の大半は、トランプ大統領が嘘つきだというくらいわかっています。でも、貴族たちに味方をするオバマやバイデンと違って、トランプは少なくとも話を聞いてくれる。だから、トランプを支持するのです。

そうなると、トランプ支持者がただ騒いでいるから問題、という話ではなくなってきます。なぜなら経済封建制において貴族的なポジションにいる人はリベラルな考え方の人が極めて多いからです。それは、当たり前です。経済的に豊かであるからこそ余裕が生まれ、文化資本を得ることが出来、多様性が認められるからです。そして、口当たりのいいことを言いながらも、実際は自分の子どもや孫に資産を継承させ、貴族であり続けようとするリベラルがいる一方で、移民でもなく白人であるはずなのに働いても働いても賃金が上がらない労働者がたくさんいる。そうした人たちがトランプを支持するのです。

すごいですね。ブルシット・ジョブが何であるのかを探っていくうちに、世の中の本当の仕組みが見えてきます。
社会分断を起こさないためには、右翼ポピュリズムを非難することだけでなく、リベラルはリベラルで一歩も二歩も引かなきゃいけない部分もあるということですね。

長文になり過ぎてしまうので割愛しますが、このほかにも労働価値説におけるジェンダーの問題や普遍性ベーシックインカムの可能性など非常に興味深いことが多く記されている本でした。
今まで語られてこなかったブルシット・ジョブの存在について記した本に過ぎないと、著者は言っていますが、なかなか内容が濃く、読み応えがありました。