「デイ・アフター・トゥモロー カイ・シデンのレポート」の続編ですね。
前作の「カイレポ」がカイがバリバリのジャーナリストとして働いている「Ζガンダム」の時期を舞台にしているのに対し、今回の「カイメモ」はそれから数十年経ったあとの話、おそらく「閃光のハサウェイ」の時期前後が舞台で、カイもすでにかなりの中年になっており、そろそろ一線からの引退を考え始めている年齢になっております。
物語が繰り広げられる場所は基本的にサイド3です。かつてのジオン公国の本国ですね。
ここでかつてカイもガンキャノンに乗って戦った一年戦争をテーマにした大規模な展示イベントが開催されることになり、木星から帰ってきたばかりのカイがこのイベントのアドバイザーに就くところから話は始まります。
イベント中にはホワイトベース展なるものもあり、カイはそこでかつての一年戦争時の記憶を思い出していくんですね。
興味深いのは、この作品の舞台がサイド3だという点です。
戦争からかなりの年月が経ち、世代交代が緩やかに行われていて、サイド3の若者たちはもはや戦争を知りません。
それでも上の世代の怨嗟だけは聞いて育っており、一部の過激な行動に出る人たち以外は、政治的なことから離れてとにかく無関心に生きようとしています。
このあたりの描写は妙にリアルですよね。
戦争だけを描くのではなく、そこには間違いなく民衆がいるのであり、そこにキチンと焦点を当てて、あとの世代にも与えている戦争のその後の影響を描き出そうとしているんですよね、この漫画は。
安彦良和さんがこの漫画を褒めていますけれど、それはまさにこうした芯のあるテーマを描いているからですね。
確かにここまで社会的な話に踏み込んでいる漫画ってあまりないですよね。
しかもこの漫画は無関心にならざるを得ない民衆だけを一方的に描くのではなく、その対称として為政者たちがどう振る舞っているのかも描いています。
それがこの漫画の基本設定となっている一年戦争の展示イベントを通して語られていくわけなんですけれど、ようするにジオンは今や首の根っこまで連邦に押さえつけられているんです。
なので展示イベントで語られるのは、ジオンの正義ではなく、連邦の正統性でなければいけません。
ガンダムは世界を救った存在であり、アムロ・レイもカイ・シデンも英雄でなければいけないのです。
いかにそのことをジオンの民衆にわかりやすく伝えるか。
そのことにイベントの趣旨は貫かれており、そのためならば、いたはずのクルーはいなかったことになり、大しで役に立たなかった技術が戦争の趨勢を変えた技術だったと書き換えられていくのです。
でも実際にホワイトベースに乗って戦ったカイにはその欺瞞がわかってしまいます。
そして彼は悩むのです。
彼一人がこの状況に異を唱えたところで何も変わらないことは老齢に差し掛かる彼には痛いぐらいにわかっています。
でも、いなかったはずの戦友は確かにいたのだし、自分の手柄とされている戦果についても、そこには紛れもないストーリーがあったのです。
彼は自らの記憶を辿っていくうちに、なぜ自分が軍隊を辞めてジャーナリストになったのか、その原点を思い出します。
そしてそのことが彼に彼にしか出来ない一つの行動を起こさせることになるのですが、ここまでの物語の流れは本当に見事です。
ジャーナリズムとは何かという話をまさか漫画でここまで感じさせられるとは思いませんでした。
確かにファーストガンダムを知らない人にとっては、よくわからない話ではあるかもしれませんが、この漫画はガンダムファン以外の人にもぜひ読んでもらいたい本です。
隠れた名作とはまさにこういう作品のことをいうんですよね。