「漂泊のアーレント 戦場のヨナス ふたりの二十世紀 ふたつの旅路」 著 戸谷洋志 百木漠

「漂泊のアーレント 戦場のヨナス ふたりの二十世紀 ふたつの旅路」 
著 戸谷洋志 百木漠

親友同士であった政治思想家のハンナ・アーレントと哲学者のハンス・ヨナスの関係に焦点を当てた本ですね。
それぞれの研究者が共著で書いているので、内容がとても濃く、非常に興味が持てる本でした。本の構成として、それぞれの幼少期から青春期、ナチスによる迫害とドイツ脱出を経て晩年へとナラティブに書かれているので、こういう状況の中で、だからこそこうした思想が生まれたのかと読んでいてとてもわかりやすかったです。

ハンナ・アーレントについては、個人的には比較的よく知っていました。労働・仕事・活動の話とか、公的領域と私的領域の話とかはそれなりに頭に入っていましたし、「全体主義の起源」や「人間の条件」なども解説本を読んでいたので、もちろんよく知っていました。
ただ同時代を生きていたわけではないので、どうしても知識が後付けになってしまい、このように時系列に思想の変化を話してもらえると、体系的にハンナ・アーレントの考え方が浮かび上がってくるので、非常に興味深く読めました。

実際に何年か前に、「イェルサレムのアイヒマン」を読んだときには、現代の日本人のわたしにとっては至極真っ当な考察に思えて何ゆえにそこまでユダヤ人に叩かれたのだろうと、そこの部分の感覚は理解し難いところはあったのですが、こうして歴史の文脈の中で位置づけられると、ハッキリとわかりますね。

ハンス・ヨナスについては、この本を読むまでは正直知らない人だったのですが、アーレントとの比較で読んでいくうちにかなり興味深い人物だということがわかりました。
激動の時代の中で、アーレントとはまた違った経験を重ね、ユダヤ人やイスラエルという出自に対する悩みを浸潤していく中で、アーレントと同じく、「出生」に希望を抱くようになりながらも、技術革新によって人間性が失われていくことに関して高い危機感を抱くようになっていったことに驚きました。
ヨナスやアーレントが危惧している世界はすでに今わたしたちの目の前で起こっている世界なんですよね。
奇しくも同じユダヤ人である「サピエンス全史」で有名なユヴァル・ノア・ハラリ氏が訴えているアルゴリズムによって支配されている人間の現状そのものなんです。
アーレントはさらに人間が技術革新に取り込まれると、社会は全体主義に向かうといったています。
それは、今の中国の状況を見ればその通りだということがもはや明確ですね。
そしてその辺りのことがあるからこそ、今この時代にこの本が刊行された理由なのだと思います。

いやあ、数十年前に今のこの状況を予見しているとは、さすがに修羅場を経験しながらも考えに考え抜いた人たちは、違いますね。