「漆黒のブリュンヒルデ」 著 岡本倫

「漆黒のブリュンヒルデ」 
著 岡本倫

これは面白かったです!
何となく読み始めたら最後、続きが気になって仕方なく、一気に読んでしまいました。

まず話の設定と構成が抜群ですね。
いきなり、幼少期に良太と寧子が転落するところから始まり、自分のせいで寧子が死んだと良太が背負った十字架を読者は思い知らされます。
そして、高校生になった良太に、再び現れる死んだはずの寧子。
でも、彼女には記憶がない。

これだけで引っ張られますね。
そして、良太が寧子をはじめとする魔女たちと行動をともにし始めることで物語が展開していくのですけれど、魔女たちに課せられた設定が絶妙な足枷となって物語に推進力を与えていくんですよね。
それらの設定を箇条書きにすると、
①魔女たちは何かの実験体で合ったの様子で逃げ出してきたように思われるが、彼女たちが拘束されていた組織のことがよく分からないという謎。
②魔女たちは毎日鎮死剤を飲まなければ、死んでしまう。
③魔女たちは常に孵卵する可能性があり、孵卵すると、人と非ざる者となってしまい、手当たり次第に人間を食べてしまう。
④魔女たちにはそれぞれ特殊の力がある。
といった感じです。

①の敵となる組織が謎というのは、一つの常套手段であり、そのことで物語全体を引っ張るというのはそれほど珍しいやり方ではありません。
個人的に、非常に面白いなと思ったのは、②と③です。
まず②については、鎮死剤を飲まなければいけないのに、魔女たちが数日分しか持っていないというのがポイントです。つまり、魔女たちは常に死の淵に立たされており、差し迫った危機として鎮死剤を手に入れなければいけないという状態に立たされているのです。
そして、鎮死剤を手に入れることが出来たとしても、彼女たちは常にいつ孵卵するかわからないという危険にさらされているのです。
つまり、鎮死剤と孵卵という二重の枷が彼女たち魔女を縛り付けており、この二つのおがけでいつ自分たちは死ぬのかわからないと思わされているからこそ、日々の何気ない生活、学校に行ったり、海に行ったり、デートをしたりという経験がかげかえのものとして描かれるわけです。
パッとガチガチのSFに見えて、その実、「何気ない日常を守ること」をテーマとして逆説的に浮かび上がらせているというやり方は非常に上手いと思います。

そしてもう一つ④の魔女たちの特殊能力ですが、超能力的な能力を登場人物たちが持ち、それをうまく補完し合うというのは、多くの漫画やハリウッド映画などで見られるこれまた常套的なやり方です。
でもこの漫画はその補完の仕方がすこぶるうまい。
よくあるパターンでは、それぞれの能力は突出したものであることが多いですが、本作における主人公と行動を共にする魔女たちの能力は、当初皆、完全なものではありません。
破壊の魔法があっても、人には使えなかったり、人と入れ替わることが出来るだけの魔法であったり。
でもその不完全な魔法の設定を枷として非常に上手く使っているんですよね。
中でも、特にうまいと思ったのは、佳奈という魔女が持つ予知能力です。
この予知能力は、人が死ぬシーンを少しだけ見れるだけで、しかも時間もそこまでハッキリしません。
能力としては、不完全なものなんですが、物語的には、その不完全な予知が見ている人を非常にドキドキさせるわけです。

ただでさえ「鎮死剤」や「孵卵」によって追い詰められているというのに、ここに不完全な「予知」が加わる訳です。
しかもこの「予知」が大抵の場合主人公らの中で誰かが死ぬといった差し迫ったもので、その未来を変えるために主人公たちは常に頭と体をフル回転して行動をし続けなければいけないんですよね。
これは、思わず見ちゃいますよ、次から次へと。
連載漫画という媒体を考えたら、この構成の仕方は卑怯と思えるほど面白いです。

ただこれだけ面白くどんどんと読み進められたにもかかわらず、ラストが少しバタバタとしてしまったのは、残念でした。
「鎮死剤」について解決したあたりから、話が①にあたる、組織の謎、つまりはヴィンガルフに迫っていくわけですが、これが話が大きすぎて、結局回収し切れないで終わってしまったという印象を受けました。
宇宙人がそもそも人間を作物として作ったことなどの一つ一つの設定は面白く、緻密だと思ったのですけれどね。

一番の問題は、たぶんヴィンガルフを指揮していた三代目神祇官の目的がはっきりしないこと。
彼の正体自体は、面白かったのですが、なぜ彼が人類を破滅して、主人公の村上だけを残そうとする理由がね……最後の最後でここはちょっとズルってきてしまいました。
話を構成や設定においてこれだけレベル高く作り込んでいるにもかかわらず、肝心のそこの部分の哲学を、抽象的な概念の話に持っていかずに、またヴィンガルフの研究員たちもただのマッドサイエンティストやサディストにせずに、こここそを大事に作り込んでほしかったですね。

主人公側の作り込みが見事だっただけに、対峙する側もただの悪としてではなく、読者にとってそれならしょうがないと思わせるような理由———例えば、それこそこのまま人間世界が続けば、近未来に地球そのものが壊れる予知が見えた―――などがあると、とんでもない傑作になっていたと思います。

でも、何はともわれ、久しぶりにどんどんと読み進めるのが楽しい漫画でしたね。
何年か前にアニメ化もされているようなので、アニメもぜひ見てみたいと思いました。