「犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎」 著 コニー・ウィルス

「犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎」 著 コニー・ウィルス

大好きなコニー・ウィルスの航時歴史家シリーズですね。
シリーズの順番で言うと、「ドゥームズデイ・ブック」に続く二番目の話です。
本作の舞台は主に19世紀中頃の英国ヴィクトリア朝時代。
そこに1940年の第二次世界大戦中の話が絡んできます。

シリーズの他の話である、「ドゥームズデイ・ブック」や「ブラックアウト/オールクリア」が時代に閉じ込められることによって切迫感を持って読み進められる一方で、本作は時間の齟齬を基軸としたミステリ仕立てになっています。
同じ設定を使っているにも関わらず、物語を進める上でのアプローチを変えることで、マンネリ化させずにシリーズとして成り立たせているのはさすがですね。

ちょうど英国の誇るアガサ・クリスティやコナン・ドイルが出てきた時代で、話を古き良きミステリと重ね合わせるように進めているのは非常に興味深く面白いです。
しかもこの話のすごいところは、基本はタイムトラベルを基調としたSFなんですが、そこにミステリあり、ラブコメありと色々な要素が加わってきていて、楽しましてくれる点です。
素晴らしいのがこれだけ色々な要素がてんこ盛りになりながら、それがまったく消化不良にならずうまくかみ合っているということ。
これを簡単にやってのけてしまうのが、コニー・ウィルスなんですよね。
ちなみに他のシリーズと比べて、シリーズの中で最もタイムトラベルの要素が強いのが本作です。
過去と未来を行ったり来たりと、歴史が変わってしまうのを防ぐために奮闘するという、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を彷彿とさせるスリリングな展開を見せています。

そしてコニー・ウィルスのすごいところは、話が単なるエンターテイメントに終わらないところです。
特にこの航時歴史家シリーズにおいて舌を巻くのは、その恐るべき歴史の考察力です。
まるで歴史の専門家なんじゃないかと思わせるほどですよね。
素人目で見ても、表面的にその時代をなぞる程度の教科書の範囲内の知識ではなく、明らかにその時代の空気感というか、世俗的なものや流行などを含めて驚くほど細やか情報がしっかりとリサーチがされているんですよね。
だから、過去の時代の登場人物がまるでその時代から本当に飛び出てきたかのような台詞を喋るんですよね。
歴史作家でも、ここまでしっかりと歴史を武器にしている人はなかなかいないと思います。
SF作家で、これだけ歴史を武器に出来れば、タイムトラベルモノではもはや無敵ですよね。

コニー・ウィルスのこのシリーズについて一つ一つの話が長すぎると批判する人もいますが、いやはやコニー・ウィルスは人よりも細かく時代背景を書き込んでいるからこその長さで、一見無駄に見えるような会話や描写でも巧妙にそれらが絡み合い、作品そのものの質をこれでもかというほど押し上げているんですよね。

ただ個人的に残念だったのは、第二次世界大戦時の話はともかく、自分自身にヴィクトリア朝時代の英国史の知見が浅いということ。
せっかく色々と書き込んでくれているのに、おそらく読者であるわたしが見過ごしているところもたくさんあるような気がしました。
19世紀の英国探偵小説の知識とかね。
知っていれば、2倍の3倍も楽しめたのかなと思います。
まあ、そのあたりの歴史の知識に明るくなくても、十二分に楽しませてもらいましたけれども。