「ビット・プレーヤー」 著 グレッグ・イーガン

「ビット・プレーヤー」 著 グレッグ・イーガン

現代ハードSFを代表するグレッグ・イーガンの短編集です。
さすがに気鋭の作品だけあって、短編や中編にもかかわらず、どれも読みごたえがありますね。
グレッグ・イーガンと言えば、理系脳がなければなかなか読みづらいという話はよくあります。
でも、いいんです。理屈は理屈として、わからないところは置いたまま、読み進めても。
グレッグ・イーガンはそのSF的な科学知識のアイデアを楽しむことももちろん出来ますが、実はSFにして、彼が扱っているテーマはとても社会的・哲学的なものに触れているんですよね。
ガチガチの理系の話に見えて、そうした部分をキチンと描いているという点で、かなり稀有は作家であることは間違いないです。
ここを両立できる人って、あんまりいませんからね。

さて、内容について。
「七色覚」「不気味の谷」「ビット・プレーヤー」「失われた大陸」「鰐乗り」「孤児惑星」
の全部で6作品がまとめられていますが、どれも面白いです。
その中で特に個人的にお気に入りなのは「失われた大陸」と「鰐乗り」の二つです。

「失われた大陸」はタイムトラベルものですが、散々ネタが出し尽くされた感のあるこのジャンルにおいて、なるほどこういう手があったのかと思わず唸ってしまいました。
過去からの避難民を未来に送る。
そしてそこに社会問題があるって、今の難民問題にも通じていて面白いです。
主人公のアリの宙ぶらりんでありながら、不安でしかない気持ちに感情移入しつつ、興味深く一気に読むことが出来ました。
中編ですが、これは長編で読んでみたいと思わせる話でしたね。

それと「鰐乗り」。
この作品は深いです。
一切の外界との接触を拒否する孤高世界とのコンタクトを試みるリーラとジャシムの夫婦の話ですが、これはスケールの大きな世界の中での孤高を選ぶ星の話と思わせながらも、話が進むにつれて、リーラとジャシムの関係の話と重なっていき、そのうちに本当のテーマが、人と人との関係、パートナーの信頼という普遍的な話だということがわかっていくんですよね。
なかなか哲学的な深い世界にいざなってくれる作品でした。
これぞグレッグ・イーガンの真骨頂を見たという感じがしましたね。

そのほかにも印象深い作品が多かったですね。
「孤児惑星」では、得体の知れない相手とどうやって交渉していくのか、スリリングな展開を味わうことが出来ましたし、表題となっている「ビット・プレーヤー」はゲームの脇役に焦点を当てるというアイデアそのものが奇抜で自分がゲームの中の住人になった気分で読み進めることが出来ました。
「七色覚」は、元々色覚に興味があったので、このネタをこうやってストーリーに落とし込むのかと思いましたね。
「不気味の谷」もそうですが、SFらしい科学知識をふんだんに使ったネタを話のタネにしながらも、結果的に人間そのものの悲哀を描いている、しかもそれを短編でやってのけているというところにグレッグ・イーガンのすごみを感じます。

ハードSFの部類に入るので、「あまり難しいのはちょっと」という人もいるかもしれませんが、まずは入りやすいこうした短編集からグレッグ・イーガンを体験してほしいですね。