「ユフラテの樹」 著 手塚治虫

「ユフラテの樹」 著 手塚治虫

手塚先生らしいテーマ性の強いSF作品ですね。
主人公は高校生の男女三人。彼らが研究発表のために訪れた島で見つけたのがユフラテの樹であり、彼らがその実を食べたことで話が展開していきます。

ようするに、実を食べると人並外れた力を得るという超能力ものなのですけれども、面白いのが超能力を得て悪さをする悪党を倒すというありがちな勧善懲悪を描くのではなく、超能力を得るのはあくまで主人公の三人であり、彼らが悪に染まっていく姿を露悪的に見せているという点です。

大人向けのSF小説でならこうした展開もありうると思うんですけれど、これを多くの子どもも読むことが想定される漫画でやってしまうとうところが手塚先生のすごみなんですよね。

特にメイン主人公である鎌少年がどんどんと念力で人を殺すことに対して厭わなくなっていき、そのうちに自分が人を殺すことは正義なのだと思うようになっていく心の変遷の描き方はさすがです。
例え普通の少年であっても、強大な力を持つことにより、簡単に独裁者になろうとしてしまうようになってしまうのだという、人間の心の弱さをこれでもかというほどリアルに描いているんですね。

最近よく自分自身の正義を正当化したいがために誹謗中傷を繰り返す人が取り沙汰されることが多いですが、これなんかもこの作品で描かれた鎌少年の心のメカニズムと重なるところがあります。

そう考えると、数十年後の人が読んでもその通りだと思わせる普遍的な話を巨匠はしっかりと書いているんですよね。
改めてさすがとしか言いようがありません。