「嘘と正典」 著 小川 哲

「嘘と正典」
著 小川 哲

小川哲さんの短編集ですね。
個人的にとても自分の好みに合ったものを読ませてもらえる好きな作家さんです。

特徴的なのは、SFが基本でありながら、ジャンルを飛び越えて話を作り込んでくる点ですね。
特に歴史に造詣が深く、歴史に関わる話やタイムスリップの話をあの手この手で作って来るので、歴史とSFが大好物としてはたまらない話をいつも読ませてくれるんですよね。歴史改変モノという一つのSFジャンルにカテゴライズされる作品が多いとは思うのですが、一方でそうした区分けには留まらない創造の自由さも感じるので、小川さんの作品はどれを読んでみてもいい意味で予測が立ちにくく面白いです。

さて、本作での内容に入りますが、収録されているのは、
「魔術師」
「ひとすじの光」
「時の扉」
「ムジカ・ムンダーナ」
「最後の不良」
「嘘と正典」

の六編です。

「時の扉」と「嘘と正典」はわかりやすい歴史+SFものですね。
「ひとすじの光」と「ムジカ・ムンダーナ」もある意味で歴史を巡る話ですし、「魔術師」はタイムスリップをうまく使った話です。
「最後の不良」のみが歴史とはそこまで関係ない話ではありますが、広い意味を取れば、これも「流行」を扱った話なので、時間と無関係な話ではないんですよね。
うーん、やっぱりこう並べて見ると、やはり歴史というか、時間というものにテーマを置く作家さんだということがよくわかりますね。

個人的に本作の中で好みなのは、「嘘と正典」と「魔術師」ですかね。
「嘘と正典」は単行本のために書き下ろされた作品ということですが、マルクスとエンゲルスというね、がっつり歴史の話を扱った話であったので、個人的に興味津々に読ませていただきました。
確かに、歴史はちょっとしたことで変わるってことをうまく表現していますね。

「魔術師」は単純に物語として面白かったです。
タイムススリップそのものの話については、かなりハッタリであるんですけれども、ストーリーそのものが小気味よく進んでいくので、どんどんと読み進めることが出来ました。

「ひとすじの光」なんかもね。「時の扉」や「嘘と正典」などのように歴史の大きなテーマを扱うのではなく、知る人ぞ知るようなテーマを扱ってくるので、そうした歴史の話に触れるだけでも興味をそそられますね。

そういえば小川さんが世間一般に認知されるようになったきっかけともいえる作品である「ゲームの王国」もね、あまり日本人作家が扱わないカンボジアの歴史を扱っていたので、それだけで読んでいて新鮮で惹かれたことを覚えています。

いやあ、それにしてもこうして短編をいくつ読んでみても、小川さんの作品には外れがありませんね。
歴史を軸としたSFが多いので、個人的に親和性があるということもあるのですが、単純に物語としてどれを読んでも読ませるので、SF小説をあまり読んだこともない人でも、何の違和感もなく物語を楽しめると思います。
今やすっかりと、自信をもってお勧めできるSF作家の一人ですね。