「ハンチバック」 著 市川沙央

「ハンチバック」 
著 市川沙央

読んでよかった。
読み終わってまずそう思いました。

正直、読む前に様々なところから流れて来る情報と印象によって勝手に想像していた話とまったく違いました。
単純にもっと怒りの感情が爆発している話だと思っていたんですよね。

まあ、確かに作者の中には怒りの感情はあると思うのですが、それは簡単に言い表すことが出来るような単純なものじゃなくて、もっと複雑なものだと思うんです。
怒りだけじゃなく、人として自分の内側から湧いて出て来る様々な感情なんですよね。
そして、作者はこれらの感情を何年もかみ砕き、それを自分で理解しようと考え続けている。
そうした作者の生きざまのようなものが文面からひしひしと伝わってきます。

本文のなかに「涅槃」と言う言葉がしきりに出てきますが、この言葉こそがこの小説の肝になっていると思いました。
涅槃とは仏教用語で、煩悩を滅し尽くした状態とされています。
障害者として自分の境遇を考え抜いて、そして諦めたすえに涅槃に達した。
主人公はそう思いこうもうとしているけれど、その反面で諦めることなんて出来ずに、自分も人間なのだという想いが湧きあがって来て止まらない。
そうしたアンビバレントな気持ちを呼吸の苦しさに重ねるように息苦しくなり、そして自称弱者と名乗る介護士の田中さんのルサンチマンな気持ちに接していく中で、自分の内面にある気持ちが次第に露わになっていき、ネットの中でしか語れなかった言葉が行動になっていってしまう。

ストーリーの展開をこうしてみるだけで、この物語が単に障碍者と健常者の違いだけに着目し、それに対して怒りをぶつけているだけなのじゃないということがわかります。

この本を読んで、障害者を知って驚いたとか、今まで自分が何を見ていたのかと思ったなどという感想を多くの人が言ってしまいがちなのですが、作者からしてみれば、おそらくそうした感想を抱くこと自体がその人が健常な人間であり、どこまでも上からの目線で健常者と障碍者を切り分けて考えているということを露呈してるじゃないかと、思うでしょう。

健常者と障碍者の間には、生活をすることにおいてどうしても出来ることと出来ないことに差がある。
そんなことはもう百も承知なんですよね。
その差を知って云々ではなく、自分たちも同じ人間だということを認識してほしい、少しでも普通の人が簡単にできることが出来ない人もいるのだということを想像してほしい。
この本は、そういう人の想像力を問うている作品なんだなとわたしは思いました。

そのことはラストにも表れていると思います。
この作品を読んだ人は、ラストに戸惑ったと思います。
これは、ラストが現実なのか、それとも障碍者として語られる話が現実なのか。

たぶん、作者はここで健常者と障碍者の立ち位置の境界線をわざと曖昧にさせた上で、読者の想像力を問うているんではないでしょうか。

ちなみにわたし個人の想像としては、あくまで障碍者として語られる話の方が現実であると思っています。
わざわざ前編・後編と銘打って分けてあるという構成上の理由もありますが、何よりも当事者性を考え続けてきたであろう作者が、最後の最後でその当事者性を否定するようなことをするとは思えないと考えたからです。
もちろん、そうじゃないかもしれないし、そうであるかもしれません。
でも、文学ってそれでいいと思うんですよね。
それぞれの人が千差万別で色々な人がいるのと同じように、色々な文学があって、様々な解釈があること自体が素晴らしいことですからね。

こういう作品が芥川賞を獲る。
日本文学がちょっといい方向に向かってきたなと感じさせる作品でした。