「井上 毅」
著 大石眞
明治時代に近代国家を作り上げ、今の日本の土台を形成したのは、誰かと言われた時に、まず名前が挙がるのが、大久保利通であり、伊藤博文であると思います。
しかし、その二人の巨人にも負けずに、この頃の日本の形成に大きく影響を及ぼした人物がいます。
それがこの本で紹介している井上毅です。
大久保や伊藤と違い、薩長の出身でもなく、幕末に目立った活躍をしたわけでもない井上は、政治家ではなく、あくまで今でいう官僚です(末期に文部大臣には就任しましたが)。
彼はあくまで、岩倉具視や、大久保、伊藤といった大物たちの下で働き、彼らに起案をし続けてきた人であります。
それだけ聞くと、下っ端のような感じもしますが、ところがどっこい、この井上毅、すこぶる頭のいい男で、とにかく頭脳が明晰で、該博の学識があります。
つまりは、岩倉、大久保、伊藤といった大物たちもこの男を頼りにし、数々の政策を打ち立てて行ったのです。
逆に言えば、井上は絶えず大物たちに意見を言える立場であったと言えますし、もっと言えば、大物たちをうまく動かすことで、自分の思い描いた日本の近代化を進めて来たともいえるのです。
よく知られたところでは、日本は憲法にしても、議会開設にしても、そのやり方をドイツに倣ったという点ですね。
明治十四年の政変で、イギリス流の議会開設を望んだ大隈重信を追い落したことに井上が深く関与していた点や、伊藤博文とともに憲法制定にも深く関わっていたことはとても有名な話です。
まあ、こうして書くと、陰で暗躍していたという印象がどうしても拭えず、また讒謗律や教育勅語の制定に関与していたという点においても、この井上毅という人物が現代のリベラル層から見ると、決して好ましい人物には映らないことは確かです。
ただ本作を読んで思ったのは、この井上毅という人物が極めて真面目な人物であったということ。
私腹を肥やすために活動をしていたわけでもなく、あくまで日本をよりよく発展させるために尽くしてきたのだなということがよくわかります。
実際に山縣系官僚の行き過ぎた民権運動の弾圧には反対していましたしね。
頭が良すぎるが故に、次々の大物たちの頭脳となることを宿命とされ、また真面目過ぎるがゆえに、その尊皇の気持ちを第一に考え過ぎ、それが本人の意図しないところで、のちの軍部の暴走につながり、結果的に後世における井上の評価が下がってしまったのは、井上にとっては不幸な話であるかもしれませんね。
実際に、井上がいなければ、日本の近代化が随分と遅れていたことは確かですからね。