終身雇用制を止める前に企業がするべきこと

先ごろ、トヨタ自動車の豊田社長が終身雇用制をもはや維持できないと言ったことが話題になりました。そのほかの経済団体もこれに同調するように、終身雇用制について、もう止めるべきだと言っています。
これに対して、市井の反応は、労働者の多くが反発する一方で、終身雇用制を止めた方が、人材が流動化して、日本経済が良くなるという人もいます。

個人的には意見としては、終身雇用制を止める前にまだ企業にはやるべきことがあるんじゃないかと思います。
まず、なぜ終身雇用制を止めなければいけないのかという議論がされているのかというと、それは日本の生産性が低いからです。一人当たりの生産性がほかの先進国と比べてもとても低いんですよね。
そのため、何を労働改革をすればいいのかという話になったとき、経営者の立場からすると、終身雇用制が働かない人、つまり生産性が悪い人を多く作っている土壌になっているので、これを止めるべきだという話になる訳です。
つまりは、ずっといられる保証があるからと危機感もなくダラダラと会社にいるような社員をスパっと切って、スキルを持った有能な人材をどんどんと中途で入れていきたいということなんですね。
そうすれば、誰も彼もが尻に火がついた状態で働くわけですし、生き残るために必死に頑張る、つまりは企業の生産性が上がり、従業員の給料も上がり、そして日本経済もうまく回り出すに違いないというわけです。

ざっと聞いた限りだと、確かに良さそうな気がしますけれども、ただあまりにこれは経営者にとって都合が良すぎる話だと思います。
まず、ダラダラと働いていない社員がたくさんいるから、この人たちの簡単に切りたい。わかりやすくいえば、ようするにこれが最大な目的なわけなんですが、企業は短絡的にただ首を切るだけじゃなく、じゃあ、なぜ社員がダラダラと働いているのか、どうして彼らは変わらないのか、そこを考えるべきです。
そもそも本当に、首にならない、安定している、とそれだけでダラダラとした働き方になってしまうのでしょうか?
そこには、ダラダラしてしまう、社員のやる気を損なうような要因がほかにもあるんじゃないでしょうか?

すべての会社が一様に同じ理由があるとは思いません。ただ個人的には、一番の問題は、ダラダラする社員よりも、社員をダラダラとさせてしまう日本の企業文化にあると思います。
ほとんどの日本の会社は、ハッキリとしたタテ社会です。いわゆるトップダウンがすべてで、現場の意見はあまり拾われず、ただ盲目的に働かせるのが当たり前と言った文化で、それに抗い自分の意見を言うと、空気を読めと言わんばかりの態度で阻害されてしまいます。
ようするに、たいていの場合、偉くなるまでまともに意見も言えないということが多いんですよね。しかも、それに輪をかけて悪いのは、多くの日本の会社は人をちゃんと育てません。酷いところでは、いきなり最前線に放り込んだり、習うより慣れろと無茶苦茶なことを言われてしまいます。
これで、腐るなというほうが難しいですよね。どんなにやっても認められない、しんどい思いをしたくない、そういう思いが積み重なった時、それだったら、どうせくびにならないんだから、ダラダラやってればいいじゃんって、発想になるわけです。

以前、テレビでディズニーがどうやってアニメ映画を作っているのかというのをドキュメンタリーで見ました。目を疑ったのが、入りたての若手だろうが、外国人従業員だろうが、会議の席では自由に発言していいんですよね。つまり、いい意見を言えさえすれば、偉かろうが、何だろうか関係ないんです。そういう空気を会社自体でしっかりとつくり上げているんですよね。
だから、色々な視点からいい意見が出る。だから、面白い作品が作れるわけなんです。

どんなに中途採用でスキルを持った優秀な人を採用したとしても、その人が自由に発言出来る、その人が活躍出来る場所がなければ、意味がありません。宝の持ち腐れもいいところです。
企業は、働かない人間を責めて、彼らを追いやることを考えるよりも、なぜそんな彼らが生まれたのか、そしてそんな彼らをどうすれば働かせることが出来るのか、さらには第二第三の彼らを生まないためにはどうしたらいいのか、短絡的に終身雇用を止めろなどと言い前に、まずはそこを考えて、自分たちそのものを改革することから始めるべきです。
なし崩し的に終身雇用を止めたところで、日本のほとんどの会社は、流動的に動いてくるスキルを持った人材をうまく使いこなせずに、結局のところ大したコストカットも出来ないでしょう。そして、役員報酬や株主への配当金ばかりが上がって行き、終身雇用から外された人たちが多く出てくる中で、格差が広がっていくに違いありません。非正規雇用を広げたときと、同じことがまた繰り返されるわけです。そして、結局のところ、富を持たない人が多く出てきますから、購買力が落ち、経済がよりひどくなるという訳です。

聞こえのいいことばかりを言って、いい加減、労働者や次の世代にばかりツケを回すのは止めるべきです。
本当に改革をしたいのなら、立場の弱い人間に矛盾を押し付けるのではなく、まず自分たちが変わらなければ、結局は何も変わりませんよね。