「紙の砦」

「紙の砦」
手塚治虫

学生の頃に衝撃を受け、のちの手塚治虫のほかの作品を貪るように読むようになったキッカケの作品です。
太平洋戦争末期に中学生だった手塚治虫の自伝的な作品ですが、子どもという弱者の視線から戦争を見つめることで、戦争とは何なのかを如実に示している作品ですね。
短い短編ですので、ネタバレにはなりますがざっと粗筋を紹介します。

物語は戦争末期。とにかく漫画が好きで、将来漫画家になりたいと思っている大寒少年は、非国民と大人に殴られ、特殊訓練所でしごかれながらも隠れて漫画を描き続けています。そんな中で彼は京子という少女に出会います。
彼女はオペラ歌手を夢見る少女でした。お互いに夢を持つ二人は、戦争が終わったらお互いの夢を叶えようと励まし合います。
しかし戦争は激化し、大寒少年らまだ年端のいかない子どもたちも軍需工場で働かされます。
でも大寒少年は、過酷な労働下でも漫画を描くことを諦めず、暇を見つけては隠れて漫画を描き続けるのです。
そして、彼は思いつきます。いくら描いても決して読まれることのない漫画。でも、トイレの個室の壁に貼り付ければ、みんな用を足すときに見ることが出来る。
まだ強く威張る国や大人に嫌でも従わざるを得ない大寒少年にとって、それが唯一出来る抵抗であり、漫画が貼られたトイレの個室は彼にとっての「紙の砦」であったのです。
そんな中で戦争は激烈を極め、ついには大寒少年の住む町にも頻繁に空襲がやってくるようになります。
そして、大空襲があった日、大寒少年は、京子と再び出会います。彼女は生きていたものの、その顔は焼けただれてしまっていました。
とにかく負傷した京子を伴って、逃げる大寒少年。
そこで彼らは、墜落したB29の操縦士が民衆からリンチを受けている光景に出くわします。
京子の顔の仇と、大寒少年もリンチに加わろうとします。しかし、そのアメリカ人操縦士の凄惨な姿を見て、彼も同じ人間なのだと思い、「誰のせいだよ、こんな戦争」と呟くだけでリンチに加わることが出来ませんでした。
やがて戦争は終わります。大寒少年は、これで自由に漫画が描けると喜びます。そして、京子に君もオペラ歌手を目指すことが出来るんだと言いますが、すぐに気が付きます。顔が焼けただれてしまった京子には、オペラ歌手になる夢がもう抱けないことを。大寒少年は、薄らと涙を流す京子を前にして、気まずく押し黙ることしか出来ませんでした。

もはや説明や解釈が一切いらない作品だと思います。
戦争が英雄譚でも何でもなく、どんな理由があるにせよ、「酷い」ものであることを短い物語ながらも、これだけ如実に表している作品はなかなかないでしょう。
こういう経験がのちの手塚作品の礎になったことは確かです。それにこうして考えると、エンターテイメントもいいですが、人間が生きることにおいて何が大事なのかということを突き詰めて考えていく。それこそが表現者にとって大切なんだということを、何回読んでもこの作品は教えてくれます。