ルポ川崎
著 磯部涼
大都市である東京と横浜の間にある川崎の実態についてルポタージュされた本です。
一口に川崎といっても北部と南部ではその様相はかなり異なっており、特に南部の川崎駅周辺から大師線に沿った工業地帯である川崎区には独特な雰囲気があります。
それはひと言でいえば他者にとっての「怖い」イメージなのですが、このルポを読んでいると、確かに未だにヤクザが蔓延り、また貧民窟でもある川崎区には、犯罪や暴力に塗れていることは事実であるものの、そこにいる人間は、他の地域に住む人間と何ら変わらない人間であり、彼らにも彼らなりの温かさや現状をどうにかしたいという気持ちがあるのだということがわかってきます。
著者は、川崎の河川敷で起きた中一の殺害事件をキッカケにこのルポを書くことを決意したそうですが、あれだけ日本中で騒がれた事件も、川崎区の地元住民からしてみれば、よくある事件の一つに過ぎないですよね。
この本を通じて印象的なのは、著者が貧困や犯罪などの川崎の悪い側面だけを強調して描こうとしているのではなく、懸命にそこにある希望の光を見つけようとしている点です。
それが川崎の若者たちに根づくラップ文化であったり、外国籍の子どもたちに居場所を作ろうと活動しているふれあい館などになるのですが、そうした活動をしている若者たちが少なからずいるという事実に、読んでいるだけで思わず応援したくもなってしまいます。
特に著者が元々音楽ライターであるという部分も手伝ってか、BAT HOPを中心としたラッパーたちへの取材はかなり濃厚で、読み応えがありますね。
そして、もう一つ、このルポにおいて印象的で、かつ重要に思われるのは、川崎区が一見特殊な町に見える一方で、川崎区の環境が貧困化していく日本全体の環境と重なっていくかもしれないという未来予想図を想像させる点です。
貧困や格差の問題は、もはやすでに日本全体で顕在化していますし、外国人の問題や治安の悪化もまた然りです。それに対して川崎市がヘイトスピーチを取り締まる条例を作るなど、川崎において、こうした環境といかに向き合い、いかに克服をしていくのか、そうした部分も描き出してくれているので、川崎が決してただのスラム街などではなく、新しい文化の発信地であること、またどこよりも先駆けて良くも悪くも今後の日本のロールモデルとなっていく可能性が予見されます。
東京出身のわたしとしては川崎は近くて遠い場所であり、そのイメージも茫漠としたものでありましたが、こうやってその中で生きる人の生活が垣間見えてくると、川崎という町のリアルさが迫ってくる感じで、正直怖さもある反面で、非常に人間臭くて、魅力的にも思えてきますね。
川崎区には川崎大師など、何度かしか訪れたことがありませんでしたが、今一度今度は違う視点を持って訪れてみたいと思いました。