「宮崎駿論 神々と子どもたちの物語」 著 杉田俊介

「宮崎駿論 神々と子どもたちの物語」 
著 杉田俊介

アニメーション界の巨人、宮﨑駿さんを論じた本ですね。
哲学的、思想的知識が豊富であり、介護職をしているという実践的な経験を持つ著者のアプローチはなかなか独特で、読んでいて「なるほど」と思わせる論述がたくさんありました。
個人的には、宮﨑駿さんが被害者意識と加害者意識の狭間の苦しみの中で物語を作っているという話は面白かったですね。
被害者意識というのは、宮﨑さんの数々の映画を見ても分かる通り、傲慢に自然を壊していく人間に対する怒りですね。

一方で加害者意識というものが、戦争中の宮﨑さんの体験に起因しているという話は興味をそそられましたね。
宮﨑さんのお父さんが零戦のキャノピーを作っていて、軍需産業によって自分が養われてきたことや、あれだけ戦争を憎みながらも、戦闘機が好きな自分に対する矛盾に対して、宮﨑さんが悩みに悩んで創作のエネルギーにしていたということは何度も聞いたことがありましたが、疎開先だった宇都宮での空襲の際に、近所の母子を見殺しにしてしまったことに対して、加害者意識を持ち続けてきたというエピソードは聞いたことがなかったので、とても新鮮でした。
確かに、宮﨑さんの作る話は、勧善懲悪という話ではなく、ナウシカもアシタカも主人公の多くは、問題の狭間に存在しながらも、その矛盾に悩むという人物ばかりで、これらのキャラクターは、そもそも宮﨑駿さん自身が感じている矛盾がそのまま投影されていることは間違いないですね。

この本の著者は、このほかにも独特な語り口で宮﨑作品にアプローチしていますが、どれも人として宮﨑さんが何を考えているのかを死力を尽くして考えているという感じで、宮﨑さんを考えることを通して著者その人自身の世界観を構築している感すらあります。
なので、本そのものに対しては猛烈なオリジナリティを感じる一方で、あまりに著者の想いが強すぎて、最終的には評論というよりは、著者の人生論のような形になってしまっており、それが重たく感じる人も数多くいるかもしれませんね。

個人的には、著者の中では、もののけ以前の作品は素晴らしく、もののけ以後の作品については、混沌と迷いがあるとして酷評していますが、わたし自身はそうは思いませんでした。
確かにもののけの前後で作風が変わっていることは、誰の目から見ても明らかなことですが、それは宮﨑さんが物語の作り方がわからなくなり、混沌と迷いが解消できないが故にそうなったのではなく、宮﨑さん自身そのときに作りたいと思ったテーマをあえて突き詰めていったが故に、結果的に作風が変わったんだと人から思われるに至ったんだと思うんですよね。

確かに作品としてのエンターテインメント性やバランスを考えれば、初期作品であるトトロやナウシカ、ラピュタや魔女の宅急便などの方に軍配が上がるのは明らかです。
でも宮﨑さんは、そうした作品を作り続けたかったわけではなく、歳を重ねるにしたがって、エンターテインメントでは割り切れない、間に立つことの大事さと難しさを自ら問うことで観た人に考えてもらいたかったんだと思うんです。

つまり、もののけ以降、宮﨑さんは最初から答えを出すために作品を作ったわけではなく、自らの迷いをそのままぶつけることで、それを観た人が何を感じ、何を思うのかを期待しているんですよね。
それが宮﨑さんにとっての希望であり、次の世代が考えていくことでしか、世界は変わらないと思っているんです。

そして、自分は人々に考えてもらうための材料を提供しているだけなのだと。宮﨑さんの批評であるこの本を読んで感じるのは、著者があまりに宮﨑さんに答えを求めすぎているという点です。
作家というものはあくまでそれを観た人に対して、問題提起をする人であるべきで、何でも答えを出してしまう神様になってはいけないのです。
つまり、悩み、混迷していることも含めてその人の作家性であるのです。この本の後半部で著者は、自分語りが多くなってしまい、もはや宮﨑さんのことを語っているのか、自分のことを語っているのか分からなくなってしまっています。

ナラティブと照らし合わせて批評をすること自体は悪いことではないと思うのですが、その境界線があまりに曖昧過ぎて、最終的に自分が観たいもの、自分が思っていることを宮﨑さんに押し付けすぎている印象が読んでいて持たざるを得なかったのは残念でした。
個人的には、もののけ以後の作品も、混沌としているからこそ色々と考えさせられて好きですし、一つ一つのことは言いませんが、わたしとは解釈が違うところもあり、わたし自身は感動するところもたくさんありましたからね。

知識が豊富で、鋭い視点も多かったからこそ、後半部の強過ぎる熱量はもう少しどうにかならなかったかな、と思います。
自身のナラティブと重ねることで宮﨑さんを論じているというよりも、宮﨑さんの名を借りて自身のことを語ることがメインになってしまっていますからね……。

まあ、確かに漫画版のナウシカのアニメ化は見たい気はしますが……、それは宮﨑さん自身が能動的に作らなければ、意味がないと思いますしね。