「ザ・ファブル」 著 南勝久

「ザ・ファブル」 
著 南勝久

非常に面白い漫画でした。
個人的に普段あまりヤンキーとかヤクザなど裏社会の人が活躍する話は好きじゃないのですが、これは一気に読むことが出来ました。

まず何よりも設定が面白いです。
暗殺者として絶対的なスキルを持つ主人公が、時代の変化とともに用無しとなり、普通の日常生活を送るように命じられる。
それが出来れば、そのまま一般人となり、出来なければ組織に処分されるという話なのですが、まずリアルに時代を反映していますよね。
確かに今やわかりやすい暴力団は減る一方で、経済ヤクザが増え、それによって暗殺など暴力で話をつけるという時代ではなくなっています。
そうしたら中で、幼少期から暗殺者として特化されて育てられた主人公の佐藤明は、もはや時代の遺物であり、梯子を外された哀れな存在でもあります。
そんな彼が唯一生き残る道は普通の男になるということ。
もうこの設定だけで、「普通」とは何か、「幸せ」とは何かという話を追求していくことになるので、テーマが最初の時点で浮き彫りになっているんですよね。

そして、そうした話の中で、主人公にサヴァン症候群という設定を与えているのは、秀逸です。
これにより、暗殺者でありながらも主人公の純粋性が説明されるので、読者としては主人公の成長を実感出来、主人公に感情移入をしやすい作りになっているんですよね。
生まれによって戦いに特化してしまったがゆえに一般常識ないものの、実はピュアという意味では、「鬼滅の刃」の囃平伊之助に近い設定ですかね。
彼なんかもパッと見の粗野さと内面のピュアさのギャップが読者の心を掴むんですよね。
この作品でも主人公の佐藤が、時給が100円上がったり、描いたイラストが褒められたりと、普通のことで少し喜んでいる姿を観ると、自然と応援したくなってしまいます。
一つのパターンではありますが、この手のキャラを主人公に持ってくるというのはなかなか新鮮です。

さて、この作品、これまで述べたように設定だけですでに「そそる」漫画なのですが、それだけでなく全体的に読みやすさと面白さとテーマ性を兼ね備えたバランスのいい話だと思います。
どんどんと読者を引き込ませるストーリーテリングどそれを支えるリアリティをさることながら、個人的にこの作品で注目したいのは、「間」の取り方の巧みさです。
キャラクターの特性とコマの使い方、そしてそれに伴う画力によってなされているのですが、これが非常に効果的に使われています。単にコミカルさだけを演出しているのではなく、これによって何人かの脇役のキャラ付けをうまく表現しているだけでなく、日常生活の時間の流れを上手く表現しているんですね。

どうしてもこの手の内容の場合、アクションが主体になりがちなのですが、何度も言うように、この作品のテーマは、主人公が日常生活に溶け込むことが出来るかどうかです。
そう考えるとアクションを描く一方で、日常の平和も強調して描かなくてはいけません。
シーンのテンポがアクションと日常とでは全然違うので、これを使い分けて表現するのはなかなか難しいと思うんですけれども、この作者は自身の持つ「間」のテンポをところどころにうまく織り交ぜて難なくこなしています。

テーマ、キャラ、ストーリー、コミカルさと、どれをとってもハイレベルで、しかもバランスを間違えていない秀作です。
主人公を最強のまま終わらせる、しかもピンチにすら陥らせないというスタンスを貫いているのも、これはこれで痛快感がありました。
いやあ、久しぶりに面白い漫画を読みませてもらいました。