「銃」
著 中村文則
中村文則さんのデビュー作ですね。ザ・純文学という感じの作品です。
銃を拾った男が変わっていく様、もしくは元々あった自分の黒い部分に染まっていく様を描いているのですが、その心的描写が濃厚で迫ってきます。
物語としては、施設に育ち養父母に育てられたものの、それなりに普通に成長してきた大学生が銃を拾うことで始まります。
そして、主人公が銃に魅せられ、銃によって支配されていくというだけの展開なのですが、主人公の気持ちの一つ一つが丁寧に描かれているので、どんどんと読み手を引き込んでいきます。
普通に考えたら、主人公のようなタイプの人は、ある種の異常者であり、普通の感覚ならばなかなか理解が出来ない人なのですが、読んでいくうちに、感情移入こそできなくとも、この主人公のことがわかってきて、しまいには人がこの主人公のような気持ちなることってありうるかも……って思わせるんですよね。
そうなってくると、「普通」とは一体なんだという話になり、多くの人がそれが分からずに、ただ理性と狂気の間に線を引き、そこからこぼれ落ちた人間を非難することで「普通」を保っているのではないかと考えさせられます。
大抵の人間が持っているようなわかりやすい普遍性を浮かび上がらせることが文学が文学たるゆえんだと思いますが、通常「狂気」と囚われてもしょうがないような人物の心の動きを描くことで、それをもしかして「普遍的かも」と思わせることに成功しているのは、ひとえに中村さんの描写力の力強さにほかならないかなと思います。
ただこれは、がっつり読むと読むほうも相当疲れてしまう作品ですね。
文学性が高ければ高いほど、読む方のメンタルも浸食されてしまうので、精神的にかなり消耗してしまうものなのですが、この作品は典型的な形でそうなりました。
中村さんの作品は、いくつか読ませていただきましたが、直に精神に働きかけてくるどす黒さのようなものは、この作品が読んだ中では一番かもしれません。
この作品をキッカケに、中村さんは作家としてのキャリアを築いていくことになるのですが、確かに新人の時点でこの作品では、出版社も将来を期待しますね。