「アノマリー 異常」 著 エルヴェ・ル・テリエ

「アノマリー 異常」 
著 エルヴェ・ル・テリエ

極めて思考実験的な作品ですね。
アイデアそのものが面白いことは確かなのですが、それに力負けしないくらいの筆力があるので、登場人物が多く、複雑でありながらも、話にこんがらがることもなく夢中になれますし、一つひとつの文章を楽しむことも出来ます。

さて、ここからは内容に触れていく話になるので、読んだ人のみが読み進めてほしいのですが、本作においてまず最初に驚かされたのは、第一章、つまり三分の一すべてに登場人物の紹介に費やしている点です。
最初さっぱりわからないんですよね。
ただ一人ひとりのエピソードがしっかりと描き込まれているので、それぞれの話には没入出来ます。
半分近くまで全体として何の話なのか全然わからないところで突如として何が起こったのかが判明し、それまでバラバラだったエピソードに何の共通点があるのかが一つの線で繋がっていくんですよね。
話の半分まで引っ張って置いて急に話の展開を劇的に変えていくというなかなかチャレンジングな手法をとっているのですが、これがピタリとハマっているのだから、やはりこの作品はただならぬ作品であることは間違いないのでしょう。
最初に長く丁寧に人物紹介したことが、物語の後半にこれでもかというほど生きて来るんですね。

そして、本作が基本的なネタとして使っている重複者について。
自分とまったく同じ自分に出会うというのは、ある意味古典的な手法であるのかもしれないのですが、そこに三か月という時差を入れ込んだことで微妙な差異を作っているところがこの作品における大きなポイントです。
その三か月に何があったのか、その違いからそれぞれの人生の在り方や価値観の持ち方などが変わって行くんです。
たった三カ月ですが、されど三カ月。
その違いを様々な角度からみせるために、多くの登場人物が必要だったというわけです。

ある意味で群像劇になっているのですが、結果的にあまり見たことがない構成になっており、さらにそこに考えさせられるものが十分にある物語になっていると思います。
最後まで一気に読むことが出来ましたね。

まあ、人によって、なぜ「異常」な状況が起こったのかが、最後までハッキリしないのでその辺りは消化不良に感じる人もいるかもしれませんが(ちょっとシミレーション理論を明らかにするのがタイミング的に早過ぎる気がする)、そもそもそうした答えを解く物語ではなく、あくまこれはで三カ月の差が出来てしまった人間の話なんですよね。

ちなみにちょっと珍しいと思ったのは、出てくる政治家の名前を実名にしている点。
ミュージシャンなんかも、知っている名前が出てきましたね。
ただ前のアメリカの大統領だけは、想像は出来るけど、あえて名前を出さないところが、フランス人作家っぽいなと思いました。
最後の最後に、彼が「決断」をしますしね。