「ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を支配する」 著 ジョナサン・ゴットシャル

「ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を支配する」 
著 ジョナサン・ゴットシャル

非常に色々なことを考えさせられる本でした。
今の世の中を見ていると、科学的なスキルを持った人間が社会を支配しているように見えますが、本当はそうじゃなく、世界を支配しているのは、ストーリーをもって人の感情をなびかせる能力を持った人間だという話なんですが、その通りだと思いました。

ここでいう物語とは、映画やドラマや小説だけの話ではなく、それぞれの歴史観であったり、個人のナラティブも全部含めてという意味です。
まあ、わかりやすく映画やドラマなどの物語について考えてみればわかりやすいんですが、本書が言うようにドラマツルギーには法則があり、わたしたちはその法則に従って見ています。
具体的に言うと、ほとんど大抵の物語が多かれ少なかれ道徳を語るストーリーであり、基本的に勧善懲悪となっていて、わたしたちは悪が罰せられることを望んでいると。

そんなの当り前じゃないかと思われるかもしれませんが、問題は悪を仕立て上げてしまう点なんですよね。
そもそもストーリーは狩猟生活のころから共通の道徳を説くことで部族を一つにまとめ上げることに使われていたのですが、当然、自分たちが正であるならば、ストーリーには間違った行いをする敵が必要なわけで、必然的にその敵への感情が物語によってエスカレートしていきます。

まあ、このへんはプロバガンダの原理そのものであり、今のロシアとウクライナの関係を見ればわかりますが、人間は有史以来ずっとストーリーを巧みに利用することによって、敵を認識し、その敵を打ち負かすためにストーリーは人々を煽っているというわけなんです。

さらにこれが歴史の話になると、もう収集がつかなくなります。
当然、その国の歴史は、その国にとって都合のいい解釈がされており、そこには必ず敵がいるわけです。
事実は、見方によって全然違ったものになるはずなのに、自分たちの正当性を信じたいがために、一方的な見方が歴史を支配していくのです。
日韓関係などの考えれば、これも分かりやすい話ですね。

そして問題は、誰もがプロパガンダの原理だとか、歴史修正主義だとかいう話は知っているのに、自分が信じている話はそれとは別で、自分のストーリーだけは正しいと思い込んでしまう点です。
実はこれはリベラルの人が陥りやすい話です。
自分はリベラルな考え持つ寛容な人間だという設定があるので、そんな自分にもバイアスがあることを認識せずに、都合の悪いことは見ないんです。

どの国の人間でも、考え方が右派であっても左派であっても、わたしたちはみんな生まれてこの方ストーリーによって形づけられてしまっていて、そうした感覚から抜け出すこと自体がかなり困難なんですよね。
そしてさらに悪いことに、今はSNS等の技術が格段と進化してしまい、フェイクニュースが溢れかえってしまっています。
ストーリーに太刀打ちできるのは、科学的なエビデンスだけなのですが、そのエビデンスがもはや作れる時代になってしまっており、皆が皆、自分たちのストーリーに都合のいいエビデンスを見つけては拡散しているという、もはや収拾がつかない事態になっているんです。

うーん、何だか話を聞けば聞く程、絶望的になってくる話なのですが、ただ少なくてもわたしたちが普段慣れ親しんでいるストーリーにはそうした属性があるということを知るということ自体が大事なんじゃないかとは思いました。
まずはとにかく疑ってみるという癖をつけた方がいいですね。
他人のストーリーだけでなく、自分のストーリーそのものにも。
個々人がそうやって、情報に対する疑いのスキルを磨いていかない限り、確かにこの先大変なことになりそうです。
天才的にストーリーを紡ぎあげて、大統領に上り詰めたトランプさんのような政治家が今後、わんさかと出て来てしまう可能性がありますからね。

人間は共感をすることで進化した生き物であり、共感すること自体はいいことなんだと思います。
ただその共感力を逆手にとって、人々の心を支配しようとするストーリーテラーがそこかしこにいるということをしっかりと常に頭に入れておく必要があると思います。